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投 稿  
  31年1月3月   
     
 随筆 「春の庭で」 瀬戸のなぎさ

『冴え返り 冴え返りつつ 春なかば』と言われるように、寒さをぶり返しながらも、庭の淡いピンクの梅の花や朱紅色のボケの花などが咲き始めました。
 長い間に球根も増え、庭の至る処に群れて咲く白い水仙の花に一足遅れて、黄水仙のスイトネスも可憐に咲き始めました。
 軒下のベランダでは、鉢植えのカランコエが色とりどりに小花を咲かせて、もう春はそこまで来ています。
 今日は朝から、明るい陽光が降り注ぐ好日和に、夫はぶどう棚の下に三脚を立てて登り、枝の剪定を始めたので、私も花壇の手入れに勤しみました。
 そんな時、見慣れぬ車が庭の入り口に止まり、十年ほど前まで所属していた寺院の講員、kさんご夫妻が、久しぶりに来訪されました。
 そして「とにかくお互いに健康で、三年後の宗祖日蓮大聖人御生誕八百年の慶祝登山には、御誓願を達成して、共に家族全員でお登山させて頂きましょうね!」と励まし合い、またの再会を約束したのでした。
 我が家の庭には門扉がなくて開放的なので、よく、近隣や知らない散歩中の人々が、花々を愛でたり、木に生(な)っている季節の果物等を珍しそうにスマホで写真を撮ったりと、社交の場にもなっています。
 先日は見知らぬ女性が「枝垂れ梅が咲き始めて綺麗ですね!」と草抜きをしていた私のそばへにこやかに来て、「実践倫理 早起き会」のパンフレットを差し出してきました。
 私は、参考のためにそれらを受け取ってから、「社団法人と書いていますが宗教ではないのですか?」「活動中は子供に留守番をさせ、『捨て育て』という表現をしていますがカルト教そのものではないですか。」など疑問点を質問し、破折と折伏を始めると、
 「連れが近くで待っているので…」
とあわてて立ち去りました。
 近年、当地区は急速に住宅が増え、大型スーパーやレストラン、病院などが建ち並ぶと同時に、宗教団体の拠点や教会なども増え、布教活動が盛んです。
 しっかり教学を身に付け、勇気を出して折伏しなければと、自分を叱咤激励しているこの頃です。
      (せとのなぎさ)


 随筆 「8人目の孫の誕生」 瀬戸のなぎさ

 
平成最後の年が明けました。
 1月の異称には、正月・睦月(むつき)・正陽月などと沢山ありますが、家族や友人たちが親しく行き来して睦(むつ)み合う月を表現している睦月という口誦(こうしょう)が、私は好きです。
 例年のように、今年も元旦の朝は三男家族と一緒に、日蓮正宗・福成寺様へ初詣させて頂き、今年の安穏と8人目の孫の安楽産福子、友人の折伏成就などを御祈念しました。
 帰路は昨年同様に讃岐うどん店に寄り、それぞれが、好みの天ぷらや肉うどんなどの「年明けうどん」で昼食。
 夕方、早めに我が家で揃って夜の勤行をした後、みんなでおせち料理を囲み、お酒も入って和やかに会食したり、福引きやカルタ取りしたりと賑わいました。
 盆と正月に行う福引きは、進物などで頂いた洗剤やタオル、食品等に孫が喜びそうな物を買い足したりして、三十個用意。
 古いカレンダー2ヶ月分の日付を孫たちに切らせて、1~30までの数字をテープで商品に貼らせます。
 もう一ヶ月分の数字は四つ折りにして、くじ引き用にする作業を、孫達は喜んでしてくれます。
 ジャンケンをして、勝った順にくじを引き、引いた数字と賞品の数字を合わせて賞品をゲットするだけの単純なゲームながら、喜んだり残念がったりする孫たちを眺めて、楽しいひとときを過ごします。
 五日には次男が出張を兼ねて帰省したので、再びおせち料理を新たに用意し、隣の三男家族も招いて、二度目の正月気分を満喫しました。
 十日の早朝、三男から『夜中に嫁が破水して、急遽、産院に入院。子供たちは出産に立ち会いたいと言うので、病院へ連れて行っている。』とのメールが届きました。
 十日はちょうど予定日だったので、別に慌てることもなく、いつも通りに五時から夫と朝の勤行をし「安産で、母子共に無事でありますように。」と唱題しました。
 7時頃、『無事、3,760gの次男誕生』の朗報に安堵。
 5時過ぎに生まれたとのことで、御本尊様の御加護の賜物と、自然に感謝のお題目があがります。
 すぐに病院へ駆けつけたい気持ちを抑え、昼過ぎに病院へ行くと、嫁の両親も来られたところでした。
 お互いに喜び合い「おめでとう!よう頑張ったねぇ…」と嫁に声をかけると、満足そうな笑顔で応えてくれます。
 午後1時から新生児の面会が出来るとのことで、みんなで新生児室へ向かうと、大きなガラス越しに、新生児が母親のネーム付きの小さなベッドで五人ほどが並んで眠っています。
 生後1日間は保育器の中とのことで、我が孫はケースの中で、おしめだけして裸でバンザイをして眠っています。
 数時間前まで、母胎に居たとは思えないほど、しっかりとした顔や体つきに感謝感激。
 病室に戻り、みんなで「とても健康そうな赤ちゃんでよかったねぇ」などと話していると、お姉ちゃんになったばかりの園児の孫が「きのう,レンちゃん(小三の兄)が学級委員になったんよ!」と嬉しそうに告げます。「まあ、それはおめでたい事が重なったね。レンちゃんおめでとう!」と言えば、部屋中に笑顔があふれます。
 日々、我が家での勤行の後では、朝夕その日の「御聖訓一読集」を家族で声を合わせて拝読していますが
『祈祷に於ては顕祈顕応・顕祈冥応・冥祈冥応・冥祈顕応の祈祷有りと雖も、只肝要は、此の経の信心を致し給ひ候はば、現当の所願満足有るべく候。』
(道妙禅門御書1041頁)
を拝し、しみじみ、この仏法に巡り会えた幸せを日々感じ、報恩感謝申しあげるこの頃です。
    (せとのなぎさ)

 随筆 「初めての旬会ライブ」 瀬戸のなぎさ

 師走になっても四国では、最高気温が25度を超え、初の夏日を観測したかと思うと、数日後の山沿いでは雪が降るなど、気温変化が激しい年の瀬です。
 十月の小春日和でのこと、「夏井いつき先生の旬会ライブ」の招待を某社から受けて、夫と会場となる松山の道後温泉老舗旅館『ふなや』へ出かけました。
 松山といえば、近代俳句を打ち立てた正岡子規の出身地であり、『ふなや』は皇族も訪れる格調高い道後温泉旅館。一度は訪れたいと思っていた処です。
 二十年ほど前には、夫が清水建設松山支店へ単身赴任し、道後のマンションに住んでいたこともあるので懐かしく、早朝から、JR特急列車から日本初の経便鉄道である路面電車を乗り継ぎ、のんびりと市街地を走っていると
「松山や秋より高き天守閣」
と子規が詠んだ句が思い出されて途中下車。
 リフトで城山の斜面を登り、石垣まで行くと、晴れ渡った青空に、懐かしい白壁の天守閣が聳(そび)えていました。
 街中とは思えない静けさの中で、太陽に照らされた穏やかな道後平野を眺めながら「平和だなあ…」としみじみ思いました。
 そして、いつの間にか両親や長兄らの享年を超えて、まだ自分が生かされている有り難さに、胸中に感謝のお題目があふれます。
 やがて再びリフトで街に降り、昼食。
 そこから徒歩で『ふなや』への道すがら、俳句を作って投句できるポストが、至る処に設置されているのを見て、さすがと感心。
 旬会ライブでは午後2時から『ふなや』3階の『光輪の間』で、中・四国地方から100名近い人が集っていました。
 多くの人達が、テレビの人気バラエティ番組『プレバト!!』(TBS系木曜19時~)での俳人・夏井いつき先生のファンのようでしたが、私は夏井先生も、芸能人らが俳句の出来映えを競い合う番組も知りませんでした。
 けれど和服姿の先生の、ユーモアたっぷりで解りやすく楽しい講義にすっかり魅了され、これからはそれらの番組で勉強して、句が詠めるようになりたいと、メモを取りました。
① まず、自分が見つけたモノ、人、景色などの様子が【俳句の種】になる。
② 【俳句の種】を五・七・五のフレーズに整える
③ 【俳句の種】に似合う季語を入れる。
 それだけの作業ながら、いざとなると難しいもの。
 ライブ以来、毎週木曜日の夕方は、早めに夜の勤行唱題と夕食を終え、メモ帳片手に『プレバト!!』を視聴して、頭脳の老化を少しでも抑えたいと頑張っています
      (せとのなぎさ)