ホーム 御住職の法話目次  御住職の法話 (第277号)  
   
 
  大願とは法華弘通なり
ブラジル出張報告⑵     

 
     
   入院式への案内
 七月初旬、ブラジル正法寺に在勤している磯村成威師より、「今度アングラ布教所の責任者となるので、入院式に出ていただけませんか。」と連絡をいただきました。     
突然のことで驚き、光栄ではありましたが、その時は即答を避け、様々に逡巡しました。
 渡航費用・滞在費等は工面できるのか?
 御経日もあるし、一週間もお寺を空けて大丈夫なのか?
 ブラジルに関しては、個人的にトラウマを抱えている部分があるが平気なのか?
 仮に断っても通るのでしょうが、私の頭から離れない御信徒の姿が脳裏に浮かびました。
 それは、ちょうど一年前にアングラ布教所の二十五人ものメンバーが、登山の際に慈本寺へ参詣下さり、言葉の壁を越えて慈本寺信徒と有意義に交流会が出来ました。
 その中でも特に、車椅子の男の子とお母さんが実にいい笑顔をしており、今回の登山は二回目だというのです。
 道中の大変さを経験した上で、さらに道念を燃やして参詣され、喜びにあふれているのです。
 慈本寺の御信徒へ、たくさんの歓喜のお裾分けをいただきました。
これは御本尊様よりの御仏智であり仏縁だと感じ、「参詣させていただきます」と返事をしました。


【出張日程】
 海外部からいただいた南米出張日程は、次の通りでした。
《日 程》
9月1日(木)〜9月7日(水)7日間
エミレーツ航空

《目 的》
アングラ布教所第六代責任者入院式正法寺第四代入院式

《旅程》
9月1日
23時15分
成田発エミレーツ航空 機内泊(11時間15分フライト)

9月2日 
ドバイ空港着(トランジット3時間半)
ドバイ発(14時間20分フライト)
リオデジャネイロ・ガレオン空港→アングラ・ドス・ヘイス
バス移動(3時間半)
19時 アングラ・ドス・ヘイス着アングラ泊

9月3日 
6時50分ホテル発
7時10分アングラ布教所着
8時 座替
9時 入院式
13時アングラ布教所発
18時リオ・ガレオン発
19時30分サンパウロ着
サンパウロ泊

9月4日
ホテル発
8時 正法寺着
9時 座替式
11時正法寺第4代住職入院式
サンパウロ泊

9月5日
市内視察

9月6日
1時25分サンパウロ発
(14時間30分フライト)
ドバイ空港着
(トランジット4時間)
ドバイ発 
(9時間35分フライト)

9月7日
17時25分 成田空港着
 三泊七日の日程でした。飛行機で四日を過ごすことになります。 
二十五年前と比べ、三十キロ以上も体重の増えた私の脳裏に「エコノミー症候群」という言葉がよぎりますが、同じような日程でメンバーも日本に来ているんだと、自分に言い聞かせました。


【ブラジルの第一印象】
 二十五年前と比べ、ブラジルに着いてすぐに感じたのは、臭いが違うということです。
 ブラジルではサトウキビ由来のエタノールが国策として、普及しています。
 ガソリンの代わりに、エタノールで自動車を走らせるのです。二十五年前は、国内で自動車を生産できるメーカーも限られており、排ガス規制もありませんから、都心部の車による大気汚染はひどいものでした。
 このエタノール車の排ガスが、甘いような独特の臭いを出し、それが充満していました。
 今では、排ガスも規制され、ガソリンとエタノールどちらでも走れる仕様のエンジンを搭載した車が主流のようで、日本のメーカーもブラジルで車の販売が出来るようになっています。
 国民は、ガソリンやエタノールの値段が変動しますので、どちらが得かその時々で考えて、使っているようです。
 車検も無い国ですから、当時はゴーカートのような色んな所がむき出しで火や煙を噴きながら走っている車もありましたが、今回見た限り、そんなにヒドイ車は走っておらず、以外と綺麗な車が多くなっているあたりが、オリンピックを開催できるまでに経済成長した証しとも言えます。
 写真では見にくいかも知れませんが、南米一の都市だけあって、サンパウロ市内の道は、東京都内の道以上に複雑です。道路が幾重にも重なり交差しています。
   
 二十五年前の方向音痴の私が、よくも運転して買い物や郵便局などへ行ったものだと不思議ですらありました。

【アングラ布教所の入院式】
 
  御信徒がお膳の盛り付けを手伝って下さっています。
 この写真ですと分かりにくいと思いますが、赤飯を炊いています。
 御宝前には樒や、自分達でついた重ね餅がお供えしてありました。
 日本と変わらない事をすると言う事がどれだけ大変か理解できるだけに、それだけで感動しました。
 
 僧侶に出して下さったデザートは、抹茶のムースでこれも奥さんの手作りでした。
 
 布教所と言いましても、私の想像をはるかに超え、黒の御影石の御宝前に、真っ白な大理石が敷かれた本堂で、慈本寺の本堂より広かったように思います。雨漏りなどの修理は御信徒がされるとの事でした。
 
布教所の新旧の責任者は、ポルトガル語で挨拶をし、感極まった御信徒が、スタンディングオベーションで応えます。
 日本では見られない光景で、御信徒の熱さを感じました。

 最後の見送りでは、さすがに住職には抱きつけない分、奥さんや子供さんはもみくちゃでした。 
 子供さんを自分の子供のように普段から可愛がっておられた御信徒が、離そうとしません。
 皆が一つの家族という感じで、絆の深さを垣間見ました。
真ん中左側の写真の奥に映っている建物は、「警備小屋」です。
 ベッドと小型テレビと扇風機があるだけの部屋ですが、御信徒が二十四時間で詰めて、警備に当たって下さるのだそうです。
 主に、昼は婦人部、夜は青年部や壮年部だそうです。
 壮年部の方が、何の部屋だろうと僧侶がのぞき込んでいると教えてくれました。
「警備」という日本語を、ブラジルでも「ケイビ」と発音し、重要な仏道修行の一つと捉えているようで、皆で「ケイビ」しながら寺院外護に努めていることを、誇らしそうに話してくれました。

【サンパウロ正法寺入院式】

 まず、早朝からの御信徒のお迎えと、境内の広さに驚きました。
 さらに、本堂も学会に乗っ取られた一乗寺よりも立派でした。
 これだけ立派な本堂は、日本にもあまり無いかと思われます。
 こちらも、黒御影石の御宝前に白い大理石の壁と床で、天井が高く、
明るい御宝前です。

 ここでも新旧の御住職がポルトガル語で涙ながらに挨拶をし、御信徒がスタンディングオベーションで応えます。
 御住職や奥さんの涙に、今までの筆舌に尽くしがたい苦労や思いが詰まっているのだと感じました。

 

 法要後も、別れがたい御信徒が僧侶の元へ駆けつけ、あちらこちらで輪が出来ました。
 私がサンパウロにいた頃を覚えていて下さった御信徒、慈本寺へ来た時に顔を覚えて下さった御信徒などもいらっしゃって、ありがたかったです。

【渡伯して感じたこと】
 今回は一乗寺の歴代御住職の子供さんが、志を持ってブラジルに赴任され、それぞれ正法寺の住職、アングラ布教所の責任者となった事で、古い御信徒はそれが嬉しく、感慨深いようでした。
 私のいた頃と違い、僧侶もポルトガル語で話し、御信徒に深く溶け込んでいます。
 さらに、いくらブラジルが発展してきているとはいっても、日本と比べてしまえば、治安も悪く、まだまだ不便なところがあります。
 そこを道念を持って御奉公なさっている御僧侶に頭が下がります。
 私は、ブラジル在勤から帰って以来、「一年半しかいなかったのに、恥ずかしくてOB面など出来ない」と卑屈になっていました。
 それがいかに取るに足りないような小さな事であるか、立派な寺院を見、そこで異体同心している僧俗の姿によって気付くことが出来ました。
 また、学会に乗っ取られ、「常勝会館」となった「元・一乗寺」も車越しに見ましたが、日曜日だというのに門は固く閉ざされ、薄暗い建物へと変貌していました。
 そして、寺院のある通りは、うら寂しい様子になっており、魔の巣窟が周囲に及ぼす害毒を感じた次第です。
 先月の御講原稿を、海外部主任である、妙声寺御住職・井尻執道御尊師が御多忙の中添削下さり、色々御指導下さったことも、私の財となっています。
 海外部の方や、赴任されている方があらゆる面で本当に優秀で、現在、世界広布が進展している理由の一端を、垣間見た次第です。


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