ホーム > 御住職の法話目次  御住職の法話第253号
   

   【かつへて食をねがひ・渇して水をしたうがごとく・・・法華経には信心をいたさせ給へ 
 
大聖人に迎えに来ていただける信心を
 
     
   【御会式が無事奉修できたありがたさ
 今年も皆さんのご協力の下、先週の日曜日に、遺漏(いろう)無く御会式を奉修させていただくことが出来まして、住職として大変有り難く思っております。
 ご存知の方も多いと思いますが、慈本寺の講員に泊さんという方がおります。2年ほど前までは、青梅に住んでいましたが、仕事の関係で長崎の実家に転居されました。
 今回、泊さんは、市内のホテルに宿泊されながら御逮夜法要・御会式に参詣され、御会式当日は5時半の朝勤行から広布唱題会にも出席され、その後は庭や駐車場の掃除を私と一緒にして下さいました。
 日蓮正宗の御会式ではご存知のように、末寺の御住職による六老僧の申状の奉読があります。大聖人様・日興上人・日目上人・日道上人・日行上人・日有上人の御名代として御出まし頂くわけですから、失礼の無いようにお迎えするのが当然のことであり、住職としても神経を使うところであります。
紅葉の季節は落ち葉の季節でもありますので、数時間経っただけですぐに散らかってしまい、泊さんには大変助けられました。
 とにかく泊さんの、慈本寺に参詣できていることが嬉しい。日頃出来ない分、何かお手伝いをさせて頂きたいというお気持ちが伝わって来ました。
 本当に有り難いという言葉しか出ませんが、御本尊様も御照覧下さっていることと思います。
 
【御会式のお花に功徳はあるのか?】
 御会式の終了後、お花くずしの儀があり、お飾りの餅や果物やお花を参詣者に配りますが、昔から「御会式のお花をタンスに入れておくと着物が増える」と言われております。
 これについて、私見を述べてみたいと思います。
このお飾りしたお花に特別な何か力が備わっているのか聞かれれば答えは「否」です。
 しかし、このお花を持ち帰ることに意義があるのです。お花を持ち帰ると言う事は、今年も菩提寺の御会式に参詣できたという証であり、自宅の御本尊様へ「今年も御会式に参詣させていただきました。ありがとうございます。」という報告になります。
 私も皆さんのお宅へお経廻りなどでお伺いした時に、仏間にお花を置いてある家はホッとしますし、嬉しく感じます。
 それは、御会式に参詣された証であると共に、皆で造ってお供え申しあげたお花を有り難く大事に思う表れだからです。
 この青梅に来て初めて知りましたが、隣の黒沢神社の祭りでは、御会式のお花のように竹で黄色や紫色の花を作って供えるらしく、祭りの後で輪にして玄関にぶら下げている家が見受けられました。
 魔除けの意味があるのでしょうが、こういう催事(さいじ)と区別させるために、御会式で飾ったお花を信徒にお配りすることを古来より行っているのだと思います。
 そして、その意義や功徳を長々と説明するより、「タンスに入れておくと着物が増える」と端的に表現したのであろうと拝察いたします。
要は、御会式を大事に思い、喜んで参詣した人には功徳があり、着物が買えるほど境涯が上がると言う意味であります。
 他宗でも、催事の帰りに嬉々として餅の刺さった枝などを持って歩く光景を見ます。みなさんも、法華講員として堂々とお花を持ち帰り、「それなんですか」近所の人に何か聞かれたら、絶好の折伏の機会と捉えて頂きたいと思います。
 残念ながら、健康状態や仕事の関係など様々な理由で参詣できなかった方もいらっしゃいますが、どんなに理由をならべようと、「参詣できなかった」という事実しか残りません。
それは、せっかくの福徳を積める時を逃した事になり、とても勿体ないことであります。
 体調を整え、仕事をやり繰りし、無事に御会式に参詣できるように願っていくことが信心をする上ではとても大切な事であり、来年こそは家族や自分に縁のある方がみんな喜んで参詣できるよう、油断しないで励んでまいりたいものです。

【なぜ祈りが思うように叶わないのか】
 さて、自分なりに勤行もしているのに、思うように願いが叶わない事があるのはなぜか?と聞かれることがあります。
 みなさんもこういう経験をされたことはあろうかと思います。
 この「自分なりに」というところが、「御本尊様から御覧になってどうなのか」と常に自問自答しなければなりません。

 御法主日如上人猊下は、先月の広布唱題行において
『我々が地獄の炎に苦しむ身となることも、あるいは仏身を成ずることも、皆これ「一心の所作」であると仰せられているのであります。
まさしく、志を高く決意を持って妙法広布に身を
捧げ折伏に励むか、ただ惰眠(だみん)を貪(むさぼ)って無駄な日を漠然と過ごして悔いを万代に残すか。そこにおのずと大きな格差が生じ、幸・不幸、成仏・不成仏の隔たりが歴然と顕れてくるのであります。』
(大日蓮 平成26年11月号 第825号)
と、御指南下さっています。
 要は、「御本尊様は私に何をして下さるのか」という『ちょうだい信心』・『くれくれ信心』ではなく、「自分はこの御法のために・本山や菩提寺のために何をすべきなのか」「なにをさせて戴けるのか」と
いう『渇仰恋慕(かつごうれんぼ)の信心』でなければ悔いを残す人生になり、功徳の格差になってしまうのです。
 日如上人が特別厳しいことを仰せなのではなく、これは大聖人様が仰せなのであり、それが日蓮正宗
の信心なのです。

【大聖人様の忍難(にんなん)弘通】
 法華経勧持品第十三には、八十万億那由佗の菩薩
が、仏滅後の法華経の弘通を誓って二十行の偈文(げもん)が述べられています。この二十行の偈文の中に、仏滅後の悪世に三類の強敵が出現して様々な迫害を加えられるけれども、必ず法華経を弘通していくとの決
意が記されています。
 三類とは第一に俗衆(ぞくしゅう)増上慢(ぞうじょうまん)、第二に道門(どうもん)
増上慢(ぞうじょうまん)、第三に僣聖(せんしょう)増上慢(ぞうじょうまん)をいいます。
増上慢(ぞうじょうまん)とは、最勝の法を未だ証得していないにもかかわらず、証得したと自惚れ、他の人よりも勝れていると高ぶる者をいいます。

 第一の俗衆増上慢とは、法華経の行者に対して悪口罵詈し、刀や杖をもって迫害する仏法に無知な在家の人々をいいます。

 第二の道門増上慢とは、自己の慢心のために法華経の行者を悪(にく)み、危害を加える諸宗の僧侶をいいます。

 第三の僣聖増上慢とは、世の人々から聖者のように尊敬されるものの、その心は常に世俗のことを思って利欲に執着している邪僧をいいます。この邪僧が、国王等をそそのかして法華経の行者に難を加え
させるのです。

 迹化(しゃっけ)の菩薩衆は、このような三類の強敵による数々の難に対し、いかなることがあろうとも法華経を弘通すると釈尊に誓います。ところが釈尊は、迹化の衆にはこの大難は耐えられないとして地涌の菩薩を召し出だし、末法流布の付嘱を託されました。
 この地涌の菩薩の上首上行菩薩が、末法濁悪の世に出現した日蓮大聖人なのです。
大聖人は妙法弘通のために勧持品の二十行の偈文を悉く身読され、三類の強敵を退散せしめられて、法華経の一文一句のすべてが正義であることを実証されました。
そして、御自身が末法の本仏であることを顕わされ、本門戒壇の大御本尊を建立あそばされたのです。
このことを大聖人様は、南条時光殿へわかりやすく御教示なさっています。
『勧持品第十三において、八十万億那由佗の菩薩が異口同音に誓った二十行の偈(げ )は、日蓮一人が身で読んだのである。釈尊入滅後、日本国・中国・インドの三国に、二十行の偈を身で読んだ人があるだろうか。また「私が読んだ」と名乗り出られる人はいない。また、あろうとも思われない。
 二十行の偈のうち「及加(ぎゅうか)・刀杖(とうじょう)」とある「刀杖」の二字のうち、杖(つえ)をもって打たれた人はあるだろう。しかし、刀をもって切られた人のことは聞かない。
 不軽菩薩は「杖木(じょうもく)・瓦石(がしゃく)」と経文にあるから杖の難にはあっているが、刀の難にはあったとは聞いていない。天台大師・妙楽大師・伝教大師等は、安楽行品に「刀杖不加(とうじょうふか)」とあるのだから、これもまた欠けている。
 日蓮は刀杖の二字ともに身で読んだのである。ことに刀の難は前にもいったように、東条の松原と竜の口の法難である。刀の難には、一度もあった人もなかったものを日蓮は二度もあったのである。
 杖の難は少輔房(しょうぼう)に面を打たれたことであるが、それも法華経の第五の巻で打たれたのである。打つ杖も第五の巻、「打たれるであろう」と説かれた経文も第五の巻、不思議な未来予言の経である。
 したがって、日蓮が数十人の中で少輔房に打たれた時の心境は、これも法華経のためとは思ったけれども、まだ凡夫の身であるゆえに、打たれている間、少輔房から杖を奪い、力があるなら踏み折って捨ててやりたいほどであった。しかし、その杖は法華経の五の巻であったのである。
 それにつけても、いま思い出したことがある。昔、ある親が子供のことを思って、学問に励まない子を槻(つき)の木の弓で打って訓誡した。この時、その子は父を恨み、槻の木の弓を憎んだが、やがて修学も進み、自分自身も悟りを得て、人を利益するような身となったのである。振り返ってみれば、これは親が槻の木の弓で自分を打ってくれたからである。
 この子は、亡き父のために槻の木で率搭婆(そとば)を作り、供養のために建てたというのである。
 日蓮もまた、このようにあるべきであろうか。日蓮が仏果を得ることができた時には、どうして少輔房の恩を棄(す )てることができようか。まして、法華経の第五の巻の御恩の杖を忘れられようか。このように思いつづけていると、感涙をおさえることができないのである。』(御書1360頁 趣意)
 大聖人様は、ご自分を法華経の巻物で打ち据えた少輔房にまで、報恩感謝されているのです。いかに仏の慈悲が深いかを伺うことができます。
 そして、南条時光殿に、
『とにかくに法華経に身をまかせ信ぜさせ給へ。殿一人にかぎるべからず。信心をすすめ給ひて過去の父母等をすくわせ給へ。日蓮生まれし時よりいまに一日片時もこころやすき事はなし。此の法華経の題目を弘めんと思ふばかりなり。
 相かまへて相かまへて自他の生死はしらねども御臨終のきざみ生死の中間に日蓮かならず・ むかいにまいり候べし』『上野殿御返事』(1361頁) 
と御指南されています。
 
【御本尊様に身を任せる信心】
 大聖人様は「とにかくに法華経に身をまかせ信ぜさせ給へ」と仰せです。すなわち、御本尊様に全部お任せしなさい、という意味です。
 これが出来たらみんな必ず成仏出来ます。しかし、それ程難しい事であるとも言えます。なぜなら、どうしても我々凡夫は我見が入り、素直な信心が出来ないからです。
 大聖人御在世当時でも、大聖人の折伏弘教に不満を漏らす者、迫害が恐ろしく退転してしまう者や、師匠を捨てて天台の弟子を名乗る者がいました。
 時の御法主上人の御指南は、大聖人様の御心をそのまま私たちに御指南下さっているのですから、素直に拝し、お応えすることが日蓮正宗の信心なのです。
 さらにまた、「殿一人にかぎるべからず」を見逃してはなりません。それは、末法にあっては折伏こそが仏道修行であり、自分だけの幸せや成仏を願う修行には功徳がない、と明示された御文だからです。
 
 大聖人は南条時光に対して、
「昔は一切の男は父なり・女は母なり」(御書922頁)
と述べられて、一切衆生は生々世世(しょうじょうせせ)に恩ある衆生であり、恩を奉ずべきことを教えられている御書もありますので、その意味から「過去の父母等」とは先祖をはじめ、一切衆生の意味があります。
 このように、熱原法難では体を張って同士を護り、極貧にあっても絶えず雪深い身延におわします大聖人へ思いを馳せ、精一杯の御供養を申しあげていた南条時光でさえ、「折伏をしなさい」と大聖人様からのご指導があるのですから、私たちが「折伏をしましょう」と御指南を賜るのはあたりまえと言えます。
 日如上人が「折伏をしなさい」と常に仰せ下さらなければ、私たちはすぐに怠けてしまい、空しい人生を送ってしまうところです。
 次の、「すくわせ給へ」との仰せには、折伏には自らの成仏ばかりではなく、亡くなった両親や先祖をはじめ一切衆生を成仏に導く程の、大きな功徳があることを教えてくださるものです。これは、生きている人ばかりか亡き人をも救うことができる折伏の功徳の大きさが明かされる御文です。
 自他の生死はわからないけれども、あなたの御臨終のさいに、生死の中間には必ず日蓮が迎えに参るであろうと仰せ下さっています。
臨終の際には、大聖人様が迎えに来て下さるのです。これほど有り難く頼もしいことはありません。
 我々が目指す究極はここにあります。その為にも、私たちは「ちょうだい信心」から脱却して、御報恩と歓喜と一切衆生のための信心を目指すべきなのです。
 最後に、信心の姿勢について大聖人の仰せを拝したいと思います。
『かつへて食をねがひ・渇して水をしたうがごとく・恋いて人を見たきがごとく病にくすり(薬)をたのむがごとく、みめ(形容)かたちよき人・べにしろい(紅粉)ものをつくるがごとく・法華経には信心をいたさせ給へ、さなくしては後悔あるべし』(御書1361頁)
「飢えた時に食べ物を求め、のどが渇いた時に水を欲しがるように、恋しい人を見たいように、病気になって薬を頼りにするように、美しい人が紅や白粉をつけるのと同じように、法華経に信心をしていきなさい。そうでなければ後悔するであろう」
との意味です。
 私たちは、後悔しない人生を送ろうではありませんか。

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