ホーム 御住職の法話目次   御住職の法話 (第234号)  
    
   病によりて道心はおこり候
 体験に勝る確信なし
 
     
   ここにお集まりの方々は、日々信心修行に励んでおられる事と思います。
しかし、問題なのは参詣がしばらく途絶えている方々であります。様々な理由はあると思いますが、中には「お寺へ行けば、折伏や唱題や登山の話ばかりされるけれども、大事な意義はもう充分わかっている。」と拒否反応を起こしている方もいらっしゃるかも知れません。
 更には、入信以前の信仰に対する考え方を改めないで「御本尊様を仏壇に御安置していれば守ってくれる。」「信仰は個人の自由なのだから無理に人に勧めるものじゃない。」と考えている方もいらっしゃるかも知れません。

 しかし、我々末法に生まれた荒凡夫は、皆、例外なく罪障を抱えて生まれてきます。日蓮大聖人様の教えは、私たちの命は過去・現在・未来に亘って存続し、現在に生を受けた私たちも、過去からの因果の連続性の中で成立していることを解き明かしています。
 この罪障を消滅させる為には、正しい法の下で正しく修行するしかないのです。

 大聖人様は、
 「定業すら能く能く懺悔すれば必ず消滅す」(御書七六〇頁)
と仰せです。宿業を打開するには、より積極的な姿勢で、真剣に自分の過去の宿業と向き合わなければなりません。

 この罪障消滅の為の大切な修行が「勤行・唱題・折伏・登山・寺院参詣・御供養」等なのです。
 一見簡単なようですが、これらは、純粋な志と素直な信心を貫いていないとなかなか出来ません。
 自分の信行の道場であるこの慈本寺が、皆さんにとってどれだけ住まいの近くにあったとしても、願って、求めて、そして喜んで参詣するという志が無ければ参詣は出来ませんし、仮に参詣できても意味がありません。

 この信心は、自分一人で悩み、苦しむのではなく、法華講という組織の中でこそ正しい信心ができるのです。
 中には、創価学会員時代のトラウマから組織にアレルギー反応を示す方もおられますが、法華講と創価学会は全くの別組織です。
 日蓮正宗法華講という組織は、日蓮大聖人様の作られた純粋なる広宣流布のための組織です。ですから、この法華講という組織の中で、広宣流布のお手伝いをさせていただく中にしか、一生成仏も幸福な境界の人生もないのです。

 我々は成仏を願って、本物の幸せを得たいと思っているからこそ、この本物の日蓮正宗の信心をしているのです。だからこそ講中活動にも積極的に参加し、異体同心の信心修行を心がけなければなりません。

 この信心を深める原動力になるのが体験です。信仰の世界ですから、いくら御法門の本ばかり読んでいても、信じて実践しなければ、何年経っても成仏の境界は得られません。
 功徳を体験せずして信心が深まる道理が無く、折伏もできません。自分が本当にこの信心によって助けられた、何物にも変えられない人生の宝物が戴けたと思うならば、自分の大事な人達に、この信心をどんな形であれ絶対伝えているはずです。

 過去には折伏出来ていたけれども今は出来ない、今はしないという方は、今一度、自分の現在の信心を見直す必要があろうかと思います。
 我々は凡夫ですから、あるキッカケがあれば発心もしますし、どんなに過去に信心修行に励もうと、悪縁や己心の魔によって退転してしまうのです。
 普段、私たちが生きている中で、壮絶な体験をすることの方が希です。命に及ぶほどの大難が次々襲ってくる事もそうありません。
 ですから、毎月開催される広布推進会の体験発表に触れる事はとても大切な修行です。また、『大白法』や『妙教』などにも体験談が掲載されていますので、寸暇を惜しんで必ず読んで下さい。そこには苦難を乗り越えた真実の言葉があります。また、難しい教学は分からないまでも、体験して命に刻まれた深い悟りがあります。

 先日、大日蓮出版より、【法華講員体験シリーズ⑪ 病によりて道心はおこり候】という体験談集が発刊されました。
 一読して涙が止まらず、一番最初に思った事は「罪障消滅や宿命転換とは本当に出来るのか?あるのか?と思い悩む多くの学会員に読ませてあげたい。」というものでした。
 本日はこれより3人の方の体験を。かいつまんでご紹介したいと思います。

 秋田県・本要寺信徒の吉田徳市さん(『病によりて道心はおこり候』7頁~)は、平成二十一年に奥さんに折伏されて入信されました。
 しかし、奥さんの信心活動を見ても「洗脳されているのでは」としか思わず、奥さんのご機嫌取りでお寺に行く程度の信心でした。
 一年半後の平成二十三年一月、風邪をこじらせて肺炎を起こし、心肺停止状態で病院に運ばれました。意識が薄れる中で御題目を唱え、電気ショックで蘇生するという体験をされ、吉田さんは功徳とは何かを身を持って知ることが出来たのです。
 そして「私が体験した事が功徳であるならば、南無妙法蓮華経がいかに強力なエネルギーと法則であるかを痛感させられた。」と言うのです。
 奥さんが「信心は理屈じゃない。やらなきゃ判らない」と言っていた意味が、ようやく理解できたのです。
 なぜ、自分が御本尊様に生かされたかを考えて至った結論が「一心欲見仏 不自惜身命」の深い境地の信心だったと言います。
 しかし、その後に生まれた子供がダウン症で、しかも心臓の真ん中の壁に穴が二つ空いていました。信心を頑張ってきたのになぜという思いと絶望で、無理心中すら考えました。
 しかし、子供の笑顔を見て思い直し「この子は私たちに何かを教えるために、我が家に生まれてきたのだ」と感じるのです。
 仏様は「過去世の悪因によって今が不幸でも、今世で善因を積めば必ず幸福になり、今世の罪障を消すことになり、来世も当然幸福になる」と仰せで、自分だけが幸せになるのではなく、折伏しなければいけないという事を住職さんから聞いて、「この子の命を罪障で失わせないで下さい。折伏故の法難なら私の命を捧げますから、どうかこの子の命を長がらせ給え」と泣きながら唱題・折伏に邁進し、一年半の間に十六人もの方を入信させました。

 「折伏を意識するようになると、今までの己の動きはすべて折伏のためにあったかのように思えてきました。」人生の目的は広宣流布だと決めた時に、こういうことが見えてきたということです。

 その後、子供さんの手術は成功し、無事退院されて、一家そろって支部総登山会に参詣されました。
 仕事の方も順調で、家庭内も安穏になったそうです。

 吉田さんは「私は、一定の法則に従って幸福にも不幸にもなるということを知り、正しく罪障消滅する生活をすれば、例外なく幸福になっていくことを、身をもって体験しました。これこそ真の仏法であると確信しています。真の仏法は、いずれ世界の『常識』となることは間違いありません。」
と言っておられます。



 大阪府・妙恵寺信徒の折元洋巳さんは(『病によりて道心はおこり候』50頁~)、昭和三十八年、創価学会の家に生まれ、平成四年に法華講に入講されます。
 東京に本社を置く防犯機器メーカーの社長さんで、信心活動は大阪の寺院へ通われてという生活でした。
 月の半分以上を東京で過ごされていましたが、平成二十二年の暮れに、順天堂大学病院でS状結腸ガンと診断されます。
 この時、折元さんは自分の信心の姿勢を反省されます。
 「信心根本の生活と子供の頃から教わっていたが、空いた時間を信心に当てていた。たまに時間がとれても余暇に当てていた。信心しない事を仕事のせいにし、家の御本尊様はどうなると寺院参詣をしないいいわけにして、我見の信心でした。」と。
 一刻も早く手術をと言われながら、病院が混んで手術日が決まりません。今そうしないと死んでしまうかも知れないと肚を決め、時間の使い方を寺院中心に切り替え、仕事は自己満足のためで無く本当に必要なときに時間を割くようにしました。
 寺院参詣の為に、大阪中心に生活を変え、平成二十三年三月に大阪で手術を受けました。その後、医療ミスもあって苦しみますが、なんとか退院できました。しかし、七月には鎖骨への骨転移を宣告され、治療しなければ余命八ヶ月、治療しても余命二年と診断されてしまいます。
 折元さんのすごいところは、この余命宣告を「君が生きるには、現代医学で言うと信心するしかないんだよ。信心をちゃんとしないと平成二十七年や三十三年の戦列に入れてもらえないよ。」と激励されたように感じる事が出来たと言えるところです。

 その後、寺院の行事中心の生活をし、寺院で唱題をするように決めて半年で明らかに仕事に変化が出たそうです。
 休日働いてもソコソコの結果だったのに、誰もが知る大手企業から連続で三社も連絡が来て、その中の巨大な一社に商品が採用されたそうです。
 また、東京中心だった仕事も、大阪事務所へもドンドンと仕事が入るようになり、理想的な展開になったそうです。

 しかも、抗がん剤治療を続けて数ヶ月でガンが体から消えてしまい、余命云々の話は無くなったそうです。医者が言うには、その時にはそう判断するしか無く間違いではかったそうです。
 折元さんは、「御本尊様はやはりすごい。疑わないことは御指南・御指導に、凡夫の自分たちの考えを差し挟まずただ愚直に従う事。そして唱題を重ね、一人でも多くの方にこの信心のすばらしさを伝えたい。」と感じられたそうです。
 その後、姉と慕い、三年かけて折伏した山崎さんを見事脱会させ、本山にお連れする事も出来たそうです。
 山崎さんは、「ずっと御登山したかった。御開扉は感動して涙が止まらなかった。ありがとう。」とおっしゃったそうです。



 最後に、淨願寺支部 岡本ニワさんの体験発表(『広布推進会報 南九州布教区』 第 六十七号3頁~)を紹介します。
 この淨願寺支部は、私の同期生が住職を務めるお寺で、赴任当初より色々あったようですが、今では僧俗一致・異体同心して躍進しており、本年の折伏誓願も一月早々に、見事に成就しておられます。
 今回のお話も、住職と岡本さんの間に、今では絶大なる信頼関係が築けているからこそ出来るお話であると感心して拝見しました。

 この岡本さんは、子供を4人も失い、自身も下半身麻痺という状況から、昭和三十二年に折伏され入信されました。その後、ご主人を亡くされ再婚。再婚されたご主人も平成三年に亡くされました。

 平成四年七月に二十代半ばの現住職が赴任するも、孫のように若い住職に指導されても、怒られたと反発し陰で批判していたそうです。

 「寺には住職に会いに行くんじゃない、御本尊様に会いに行くんだ」という気持ちで、ずっとお寺に通っていたそうです。ですから信心をしていてもお寺に通っても歓喜はありませんでした。
 そうした間違った信心と、曲がった心の結果が出ました。昨年六月、車にはねられ両足を骨折して意識を失いました。
 入院して二日目に、住職がお見舞いに来て、「この事故はあなたの因縁、罪障であって、手術の前に自分の信心が曲がっていた事を懺悔すれば手術も成功するが、懺悔せず、相手を憎む気持ちのままでいたならば、手術が成功しない可能性がある」と指導を受けたそうです。

 岡本さんはここで初めて反省でき、相手への恨みも消えたそうです。手術も成功し、歩けるようになってから弟さんが言うには、医者からは「手術は無事に終わったけれども、もう歩くことはできないので、車イスでの生活になります」と言われたそうです。

 弟は、高齢での両足複雑骨折なので当然だと思っていたそうですが、歩けるようになったので驚いており、信心をしていないのに、信心のお陰だねと言って喜んでくれたそうです。
 そして最後に岡本さんは、「私の体験から皆さんに申し上げたいことは、正宗の御住職様や御僧侶の批判や悪口を言う事は大謗法ですから、絶対に言ってはいけないということです。それに、その時は自分では正しいつもりでいても、長い目や広い視野で見れば、必ず御住職様の方が正しいのですから、そうした慢心や謗法の考えには必ず結果が表れます。果報を受けてからでは遅いし、大変です。
 ですから私は、みんなが自分勝手な我見を捨てて、みんなで素直に御住職様の御指導をお受けし、講頭さんを中心に明るく楽しい支部になるように、命ある間は折伏と育成に励み、正しい信心をしていきたいと思っています。」と話されました。


 以上、三名の方の体験談をご紹介してきましたが、私が一番言いたいのは、大聖人の下種仏法は、自分の智解・才覚によって成仏するのではなく、師弟相対の信の一字によって成仏が遂げられることを心得なければなりません。
 どこまでも、我見を挟まず、素直に、真摯に御本尊様と向き合うのです。今日、御紹介した体験談が皆様の信心の糧となることを願ってやみません。
 そして、どんな困難が押し寄せて来ようと、皆で異体同心して乗り越えて行こうではありませんか。

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