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   【人をよくなすものはかたうど(方人)よりも強敵が人をばよくなしけるものなり】
 苦しみの乗り越え方

 
     
   昨年から先月まで、慈本寺法華講の礎を築いて下さった方が次々と亡くなられ、皆で大変つらい思いをしました。本年のスローガンは「団結前進の年」と銘打たれましたように、今こそ皆で心を合わせて前進していかなければなりません。

 御法主上人の御指南は終始一貫して『異体同心』と『折伏』でありますが、折伏とは日蓮大聖人様の御遺命である「一天四海広宣流布(いつてんしかいこうせんるふ)」を成就せんが為の弟子檀越としての当然の勤めであり、異体同心無くしては為し得ません。
 またそれは一人ひとりに即して言えば真の心の平穏、成仏の為、そして我々が住んでいる国土の安穏の為であります。

 一昨年は大地震・原発問題が起き、未だその問題は解決していません。昨年からは近隣の国と領土問題で揉めており、最近は中国の汚染された大気が日本にまで流れてくるという事態まで起きています。
 安穏な国土にならなければ、我々の平穏なる生活も成り立ちません。
 大聖人様は『妙法曼荼羅供養事』に、
 『今の世は、すでに末法に入って、諸宗の凡薬で治る衆生の機根でないうえ、日本国の衆生は一同に一闡提人(いつせんだいにん)・大謗法の者となった。また日本国の衆生の罪科はたとえていえば(中略)十方世界の堂塔を焼き払う事よりも大きな罪を、一人で作ったほどの衆生が日本国に充満している。
 それゆえ、天は日々に眼を怒らして日本国を睨(にら)み、地神は怒りをなして常に身を震わせるのである。
 しかしながら、わが日本国の一切衆生は、皆が皆、わが身には科(とが)がないと思い、必ず往生(おうじよう)するにちがいない。成仏を遂(と)げられると思っている。
 真っ赤な太陽も目の無い者は見ないし知らない。太鼓を叩くような大きな地震でも、眠っている者には覚えがないように、日本国の一切衆生もこのようなものである。』 (六九〇頁 趣意)
と仰せられるように、地震などの天変地夭(てんぺんちよう)も含めて、人々の心や国土の平穏を妨げるものは邪義邪法の謗法であるのに、それに全く気付いていない人達で充満しているのが現状です。故に、我々の折伏が絶対に必要なのであります。

 折伏は、御本尊様を信じ切り、功徳に満ちあふれた人は自然に出来ると、御隠尊日顕上人は御指南されています。
 『総本山に集われた皆様方のその心は御本仏様も御照覧のことであり、まことに尊いと思うのであります。
 しかしながら、また一面、一歩でも信心に狂いが生ずれば、そのところから迷いが生じ、退転が起こります。私は勤行、唱題を一歩一歩、地道に必ず行っていくことが信心の元だと思うのであります。
 「流溢(るいつ)」という言葉がありますが、一つのコップに水を入れ続けると水が一杯になり、その水が外へあふれてきます。そのように、我々が本当にしっかり妙法を唱えて、我々の人生の真の尊さは妙法の受特にあるということをしっかり体験されれば、そこからは、言われなくとも必ず他に向かって折伏をし、また、言われなくともこの仏法の道を説かなければならないところの境界が必ず顕れてくると思うのであります。
 このことを、本日お集まりになった皆様方一人ひとりに体験していただきたいと思うのであります。
 なかなか折伏ができないという方もあります。折伏ができないのは、自分自身の信力が足りない、また行力が足りないのです。したがって、これから一人ひとりが勇往邁進(ゆうおうまいしん)の気持ちを持ってお題目を唱え奉るところに、色々な悩みやあらゆるものがことごとく正しく解決され、自分自身の命のなかにはっきりとした妙法の前進の姿が顕れてまいります。自分の命そのままが尊い姿として、なんら不安もなく、堂々と前進していくのであるということを確信できると思うのであります』(大日蓮平成十七年5月号 57頁)
と御指南下さっています。

 本日は、功徳に満ちあふれ、人を折伏せずにはいられない境涯になるにはどうしたらいいのか考えてみたいと思います。

 【情けは人の為ならず】ということわざがありますが、最近では【情けをかけることは、その人のためにならない】という意味に捉える人が多いそうです。
 本来の意味は、【人に情けをかけるのは、その人のためになるばかりでなく、やがてはめぐりめぐって自分に返ってくる。人には親切にせよ。】という教えです。

 この【情けは人の為ならず】で始まる講談に、「春重(はるしげ)出世の富札(とみふだ)」という話があります。
 御家人・井上半次郎の出世物語です。

 紙問屋の丁稚が店の集金一両二分をすり盗られる、はっと気が付いて追いかけようとした処がお武家さんにぶつかってしまう。
 詫(わ)びを入れ仔細(しさい)を話すが、集金の金をすられ困っている丁稚(でつち)を見兼ねた武士、半次郎から金を融通してもらう。
 半次郎は武士でも貧乏御家人、傘貼り内職の金二両から丁稚(でつち)小僧にと渡してしまい残りの金では年越しが出来るかどうか・・・。
 途方に暮れながら、人込みの中を歩いた先の湯島天神で、富くじを一枚買った半次郎。
 妻と子の待つ家に帰り、実は赫々云々(かくかくしかじか)で金を遣ってしまった旨を妻に話すと「あなた、それは良いことをなさいました。当家の年越しについては、傘貼りを増してやれば何とでもなる。」と、流石(さすが)は武士の妻、見上げた心がけである。
 さて夫婦で内職に精を出し、どうにか年を越した頃に、富くじの当たりが発表され・・・なんと、半次郎の買った富くじが一等の大当たり。
 一千両の大金を引き取りに行こうと興奮する夫を諌(いさ)めるのは、良く出来た妻。たとえ二人扶持(ににんふち)とはいえ武士の身でありながら、富くじなどを買ったとは情けない。当たって興奮する様は、尚情けない。おりしも帰ってきた息子は、大きくなったら自分も武士になるのだと云うのに、大金を手にして親の心が緩めば、子どものためにもなりますまい。どうかそのくじを今すぐ捨ててくださいませ。
 「貧すれば鈍する」と己の浅ましさに気付いた半次郎は富籤を細君の言われた通りにその場で焼き捨ててしまう。

 半次郎は細君と一所懸命に傘貼りを増してやり遂げ、無事に正月も越せて、暫くしたところに、半次郎に役所より登城にて上役へ目通りせよとのお達しがくる。

 上役へ目通りのため、役所へ参ると無役の武士には厚いもてなしがある。しばしして、上役から「世間の噂を存ぜぬか」と誘いの水がある。
 何事かとわからず上役に尋ねると、上役から「近頃、千両の富籤の当たりで取りに来ない者がある。これは富籤始まって以来である。御身は何故千両もの当り籤の金を取りにこないか存じているか」と身に覚えのある痛いところに・・・・
 半次郎は「存じませぬ」と白をきるが、上役からは「それについては、お役目様については、既に存じておる。御身がご内儀と図って、当たり籤を焼き捨てたであろう」とのこと。
 役所、上役筋では、半次郎が富籤の当たりを知ったところから焼き捨てるまでの委細を承知しておる。
 その様子を見知った者が、お役所まで仔細を届け出でし、全てを承知しておる、「細君も偉いが主人もまた偉い。それだけの人物を無役にして置くのは惜しい。」と寺社奉行からのお取立てを告げる。

 それから十数年、ある日のこと半次郎は立派な身なりの商人に声を掛けられる。
 「もし違っていたらご勘弁願います。もしやあなた様は、十七年前の師走の二十五日に、一両二分のお金を小僧に・・・」
 「おぉ、そのようなこともあったのぉ」
 「やはり、そうでございますか。そのときの小僧が、私でございます」
吝(しわ)い主人に責められることを恐れ、あの時は川に身を投げてお詫びするしかないと覚悟した自分が、こうしていられるのも、全てあなた様のおかげである、もう一度ぜひお目にかかってお礼を云わねばと、そればかりを毎日神仏に祈っておりましたが、ようやく叶いました。
 そして今や大店(おおだな)の主人となった小僧は、半次郎の娘を嫁に貰い、両家はいつまでも幸せに暮らしました。

 この話は、降って湧いたような目先の利益にとらわれず、見返りを求めること無く困っている人を助け、着実に誠実に生きて仕事をするところに結果が現れたものですが、信仰もこれと同じです。
 世間的な感覚の、苦しい時の神頼み的に、困ったときや自分の都合のいいお願いだけをしたところで、本当の功徳とはなりません。
 架空の神仏に自分の煩悩をぶつけたところで、功徳がある道理が無いのです。

 本当の信仰とは、正しい仏様に対して、正しく因を積んだ報いとして果報を得るのです。

 大聖人様は、南条時光殿から送り届けられた鵞目(がもく)一貫文(いつかんもん)の尊い御供養の真心を称えられて、
 『御心ざしの候へば申し候ぞ。よくふかき御房とおぼしめす事なかれ。仏にやすやすとなる事の候ぞ、をしへまいらせ候はん。
 人のものををしふると申すは、車のおもけれども油をぬりてまわり、ふねを水にうかべてゆきやすきやうにをしへ候なり。仏になりやすき事は別のやう候はず。旱魃(かんばつ)にかわけるものに水をあたへ、寒氷(かんぴよう)にこゞへたるものに火をあたふるがごとし。又、二つなき物を人にあたへ、命のたゆるに人のせにあふがごとし。』
(上野殿御返事 御書1528頁)
と仰せです。
 
 ご説明しますと、
 「あなたには信心の志があるようですから、申し上げることにしましょう。これを聞いて、欲の深い僧侶だなどと思ってはいけません。
 やすやすと成仏できる方法を、あなたに教えてあげます。人にものを教えるということは、重い車輪に油を塗って廻りやすくし、陸に乗り上げた舟を水の上に浮かべて進めるようにしてあげることです。」
 つまり、人にものを教えるということは、相手にとって本当に良いこと、ためになることを教え、行き詰まりを突破できるようにしてあげることである、と言われているのです。
 ですから、大聖人が以下に教えてくださることも、大聖人御自身のために言うのではなく、あなたのために教えるのだ、と前置きされているわけです。

 「仏に容易になる方法、すなわち成仏というのは、特別なことがあるわけではない。たとえば、日照りで喉が渇いている人に水を与え、あるいは、寒さに凍えている人に火を与えるようなものである。また、二つとない大事な物を人に与え、あるいは、命が絶えようとしている時に、何か食べ物を差し上げて、その命をつないでいくことである。」
 要するに、これは、御供養のことを言われているのです。仏に成る道というのは、いろいろ難しく考えずとも、仏様の命をつなぐための御供養に励んでいけばよい、と教えられているのであります。

 すなわち、やすやすと仏に成る方法とは、一つ目は、時に応じて必要となるものを御供養することであり、二つ目は、自身の命を保つためのものとして一つしかないものを、喜んで御供養することであると仰せなのです。

 南条時光殿は自身が大変な状況にありながらも折々に御供養されました。
 弘安元年七月八日の『時光殿御返事』には、
 『特に今年は疫病が蔓延し、飢饉(ききん)の状態も過酷となっているため訪ねてくる人も少ない。こうしたことから、たとえ病気になることはなくても、このままでは飢えて死ぬに違いないと覚悟していたところに、時光殿が麦を御供養された。このことは、黄金にも過ぎ珠よりも超えるものである。
 そして最後に、貧しい猟師が利吒(りだ)という聖者に稗(ひえ)の飯を分け与えたとき、利吒が残した一粒の稗が黄金の人と変じて猟師に福徳を授けたように、このたびの時光殿が御供養された麦は、法華経の文字となり、その文字が釈迦仏となり、時光殿の亡き父親の左右の翼となって霊山浄土へと飛んでいくであろう、また、その功徳が時光殿に返ってきて時光殿を育んでいくのであると』(御書 1247頁 趣意)
と仰せになっています。

 私たちは、成仏したければ成仏できる因を積まなければなりません。その因とは、勤行・唱題・折伏・登山・御供養・寺院外護等の仏道修行です。
 修行は嫌いだけど、幸せになりたいし成仏したいという願望は、そうなれる原因を自分で作っていないわけですから叶いません。

 中には、仕事が忙しくて信心どころでは無いという方もおりますが、人には持って生まれた罪障が有りますし、気合い・努力・忍耐ではいかんともしがたい行き詰まりを乗り越えるために、仏様がいらっしゃるのです。
 先ほどの大聖人様の仰せにあるごとく、動かない車や船を力任せに引いても意味がありません。重くて動かない車輪に油を塗って廻りやすくしてくださり、陸に乗り上げた舟を水面へ戻して浮かべてくださるのが、仏様の力であり功徳なのです。
  
 熱原法難後、南条時光は地頭職と言う権力の側にいながら、鎌倉幕府を諫める大聖人様の信仰を貫くゆえに、不当な弾圧を受けていました。
そのような中でも、日蓮大聖人様に対する御供養の精神は変わりませんでした。その志を大聖人様がお誉め下さり、「やすやすと仏になる事の候ぞ」と仰せなのです。
しかし、たやすく仏になることができる、との御指南は、爾前権教の菩薩たちのように、何度も何度も生まれ変わって来ては難行苦行に打ち込み、ようやく成仏できる事とを比較して仰せになるのであり、「楽をして」と言う意味ではありません。

 あくまでも、御本尊様に供養をし、唱題に励み、折伏に邁進する修行のことを仰せになるのです。

 御供養は「これだけすればこれだけ功徳がある」と見返りを求めるものではなく、他に自慢するものでもありません。
 あくまでもその人の志であり、その心が立派であれば誰でも等しく御本尊様から功徳を積ませていただけるのですから、金額の多寡で慢心を起こしたり、卑下する必要はありません。
 そして仏のみが、その衆生の志に応(こた)える事ができるので、応供(おうぐ)とも申しあげるのです。

 私たちが、功徳に満ちあふれ、人を折伏せずにはいられないありがたい境涯になるには、仏様からお応えくださるような素直で誠実なる信心の歩みを進めるしか無く、その根本には弛まぬ勤行唱題しか無いのです。

        住 職  () (はし)  (どう)  (ほう)  


 

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