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   南無妙法蓮華経と唱え奉る者は色心共に清浄なり
 
心と体の関係について 

 
 
【心の存在】
 
人は、自分の体を目で捉えることはでますが、心の実体ということになると、自分の命の中に心があるということは確信できても、では、どこに、どうやって、どのような形で存在するのかというと、これは、だれ一人として答えることはできません。
 心を具体的に取りだして、それを説明することはどんな人にも不可能です。
 しかし心があるということは間違いのない事実であり、皆さん御自身が実感として、わが心を感ずることができると思います。それほど心というものは不思議な存在なのです。


 【色心不二(しきしんふに)】
 仏法では色心不二と言って、「色(しき)」とは目に見えるのも、物質、形質、あるいは肉体を意味します。「心」とは物質にあらざるもの、性質、性分、精神、内在する力等を意味します。
 古来より人間は、体と心について、『体が根源である』と説いたり、いや『心が根源であり、肉体はその幻影にすぎない』と考えて来ました。これを『唯物思想』『唯心思想』と言います。
 しかし、仏法では心と体は一体であり不二であると説きます。
大聖人様は『色心二法抄』に、
 「心、色と成るが故に心法の形見えず、但色法のみなり。然りと雖も此の色法の全体は心法なる故に、日月の過ぎ行くに随って生長するなり、故に色心不二なり」(御書24頁)
と仰せのように、色心不二といって、色法である身体と、心法である心は、別々に存在するものではないと仰せです。
 最近の医学でも、心と病気の関係についても密接な因果関係があると説きます。ストレスはよくないと言われるのはこのためです。

 ここで、心が体に及ぼす影響として分かりやすい例を挙げたいと思います。
 これから時期的に怪談話などがはやり出します。皆さんの中にもどうもあれは苦手だという方もおられるでしょう。
 映画館でじっと座ってホラー映画を見ている自分を想像して下さい。ありえないほど恐ろしい場面が出てきたとします。
 その時の、怖い・驚くという感情は心の動きですが、物質的な体にも変化が起こります。血管が収縮して顔面蒼白となり、体は震え、心臓の鼓動は激しくなります。喉は渇き、中には悲鳴を上げたり泣いたりする人もいるでしょう。
 じっと座っているだけなのに、肉体は変化するのです。
 このような変化は認められても、もっと踏み込んだ心や生命の実態の解明となると、現代の医学や生物学では不可能なのです。

 【命の変革】
 仏法の修行においても、実はこの実体の見えない心というものが、一番大切なのです。
 私達が普段から大聖人様の御本尊を持ち、真剣な勤行唱題をする目的は、私達一人ひとりの人間の持っている生命を、その奥底から清らかな命へと改革していく為と言えます。
 同じ人間の命であっても、清らかな命と、汚れた命があるのです。命が汚れる原因として、間違った宗教によるもの、過去世の罪障や宿業によるもの、今生での行いによるものが挙げられます。
 反対に、お題目によって命の奥底から磨ききった六根清浄(ろっこんしょうじょう)な命というものも存在するのです。
 世間の人は過去の謗法の罪障だとか、お題目による命の輝きだとか、そんなことは関係ないと言われるかも分りません。
 しかし、どんな人も突然この世に出現する訳ではありません。誰しもそれぞれ二人の両親があり、両親には、また二人の両親がいます。これをどんどん
遡(さかのぼ)っていきますと、どんな人にも何千人という人達の、血縁や宿業を全部受け継いで来ているのです。
 従って、何代にもわたった、あるいは何千人にもわたる両親が、どういう信仰をし、どういう人生を生きたかということによって、そういう祖先のものを、すべて受け継いで今の自分というものがあるわけです。
 ここで問題なのは、「生まれて来たくなかったのに親が勝手に生んだ。」とか「自分の容姿や性格がこうなのは親のせいだ。」と責任転嫁(せきにんてんか)する人がたまにいるという事です。
 以前も申し上げた事がありますが、仏法の因縁からみますと、そういう親の遺伝子を引き継ぐことも含めて、その人の因縁なのです。皆さん自覚はありませんが、全部自分で生まれるべき所を選んで、この世に生まれてきているのです。
 ですから、親子でも命は別々です。子供は親の所有でも延長でもありません。よって、同じ親から生まれてきた兄弟でも、姿形・性格・歩んで行く人生も異なってくるのです。
 人の命は、亡くなっても消えたりせずに、見る事は出来ませんが中有(ちゅうう)にあります。この中有にある無相の生命が、生前の業力(ごうりき)によって、生まれるべき父母を定めて胎内(たいない)に宿るのです。この母胎に入った極微(ごくび)の生命を、「識(しき)」といいます。
 日寛上人は、中有の生命が母胎に宿る過程について、
 「衆生、全生に善悪の業(ごう)を作り已(おわ)って死して中有にある時、其の業力に由(よ )り、能(よ )く生処の父母の交会(こうえ)を見て愛心を起こし胎内にやどる、これを識と云うなり。識と云うはこころなり」(『富士宗学要集』10巻240頁)
と御指南されています。
 この宿業や宿縁にも、悪業、悪縁と言われるものも確かにあります。そしてこれらは、個人の努力だけではどうすることもできません。
しかし、どんなに才能も地位もなく、自分自身が好きになれなかったとしても、大きな意義を持って生まれて来ているということを知らなければいけません。

 【不浄の命】
 生れたままの姿というのは、煩悩身と言って、動物も我々人間も、一つの命としては、そうたいして変りません。
 どんな小鳥だって親がいます。そしてヒナが孵(かえ)れば、親が一生懸命、餌を運んで、そして口移しに餌を与えます。そういう動物的な姿だけ見ると、人間も同じかそれ以下の人もいます。
 親子の関係といっても、畜生の中にも親子の関係というものはあるのです。その程度の人間であったとするならば、その動物並みの人間でしかないわけです。
 そういう煩悩のままに生きる、動物と変わらない命は、不浄な命と言わなければなりません。そしてまた謗法に汚れて、謗法に執着している命というものは、さらに醜い罪障に汚れた命と言わなければなりません。
 命が汚れれば身も汚れてきます。これは『法華経』の「譬喩品」に、
 「身、常に臭きに処して、垢穢(くえ)(垢がたまって汚れる事)不浄に、深く我見に著して、瞋恚(しんに)(激しい怒りや憎しみ)を憎益(ぞうやく)す」(開結二四五)
ということを釈尊は説いています。やはり謗法に何時までも汚れている命は、その人
が、どんなに自分の体を磨いても洗っても、命に持っている不浄というものは永遠に消えることはないということを経文に説いているのであります。
 また心の不浄ということにつきましては『法華経』の「不軽品」に、
 「瞋恚を生じ、心不浄なるもの有り、悪口罵詈(あっくめり)し」等云云(開結五六八)
とあります。
 この瞋恚ほど心を汚すものはありません。

 【瞋恚の団体、創価学会】
 創価学会員が日蓮正宗から破門されて20年経ちますが、彼等が異常なところは、その間、ずっと宗門に対し憎しみを抱き続けているということです。
 破門されたときは、『魂の解放』と小躍りしていたのに、です。六根清浄になるはずの大聖人の法を信じていながら一向に憎しみの命が収まりませんから、既にこれが罰の姿と言えます。
 よくお寺に「ニセ本尊と言うな」と文句を言いに来る学会員がいますが、顔色は悪く、目はつり上がり、薄汚れた感じがします。
 仕事や家庭もうまくいっていない人が多いようですが、そこは「信心が足りない」とか「頑張って活動すれば変われる」と幹部に指導されますので余計にのめり込んでしまいます。
 さらに、何度も何度も『どんなに尽くしても無慈悲な宗門に切り捨てられた可哀想なセンセイや私達』と刷り込まれますので、瞋(いかり)が消える事がありません。こういう嘘でしか団結や維持が図れない組織に未来はありません。
 何とかこういう人達も我々は救っていかなければなりません。
 世間では、創価学会などのおかしな団体を生み出した大元は、日蓮大聖人様が攻撃的で、過激だったからだと批判する人もいます。
 確かに、大聖人様の御書で、邪宗の寺院を焼き払い、僧侶の頸を切るように諌暁したお言葉もありますが、一介の名も無き僧侶が、幕府を振り向かせる為の方便であったと拝します。
 実際の大聖人様は、自らが刀で斬りつけられ、弟子や御信徒を殺されようと、決して報復などは指示されませんでした。
 また、立正安国論の予言が的中し、蒙古が日本に攻めてきたときも、今は国家の一大事である。わが門弟および信徒は、他人に対してはもちろんのこと、私語のなかにも、けっして予言の的中を誇るようなことがあってはならない。今は予言の的中をうんぬんすべき時ではなく、一国をあげて国難に対処すべき時である。もし、これに違背する者があれば、即刻破門にするむねを厳しく誡告されています。
 大聖人の御心はむしろ、邪法乱国のおもむくところ他国侵逼(たこくしんぴつ)の難によって、防塁(ぼうるい)のため経済苦に泣く人々、妻子と別れて異国警固役に征く人々、元に攻められた壱岐・対馬のありさま、また敵国蒙古の兵も実は元に滅ぼされた南宋・高麗の混成軍という悲しい現実、それら一切の民衆の悲しみ、苦しみの上に注がれていたのです。
 そう
いう大聖人様と、それを崇めていると言いつつも全く違う姿勢の創価学会員の現状を、我々はしっかり見て学んでいく必要があります。
 反対に身の清浄はどこに証されているかと言いますと、『法華経』の「法師功徳品」に、
 「若し法華経を持たんは、其の身甚だ清浄」(開結五五九)
ということが、ちゃんと説かれております。
 ですから、その人の命や心も、体全体の浄、不浄ということも、その根源は、やはり謗法の罪障であると言えます。
それに対して大聖人様の仏法を正しく持って、お題目を唱え切っていけば、命は綺麗に磨かれていくのです。
 大聖人様は『御義口伝』に、
 「謗法の者は色心二法共に不浄なり。(中略)今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は色心共に清浄なり」(御書1777頁)
と仰せられております。

 【心の財が一番大事】
 「蔵の財よりも身の財すぐれたり。身の財よりも心の財第一なり。此の御文を御覧あらんよりは心の財をつませ給うべし」(御書1174頁)との有名な御文があります。
 その「心の財第一」ということも、やはり心を動かす、発心することが基本です。それが身を揺り動かし、発する言葉や振る舞いも変わってきますので、仕事や生活も向上していけるのです。
 世間の信心をしていない家庭で、一見、華やかな身なりをし、端から見れば立派で豊かな生活を営んでいるように見えていても、どこかやはり、そういう謗法の汚れというものが残っているものです。

 日寛上人は、観心本尊抄文段に、 
 「本尊に迷う、故にまた我が色心に迷う、故に生死を離れず」 (文段433頁)
と仰せのように、正しい本尊に迷うために物質的・精神的な苦悩や迷いが起こり、そのゆえに絶対的な安らぎもない、と教えられています。
 大聖人様は『御義口伝』に、
 「帰命とは南無妙法蓮華経なり。(中略)帰とは我等が色法なり、命とは我等が心法なり。色心不二なるを一極(ごく)と云ふなり」(御書 1719頁)
と仰せです。
 自身の色心を南無妙法蓮華経と即座開悟された事の一念三千の当体たる人法一箇の御本尊こそ、御本仏が悟られた境智冥合(きょうちみょうごう)・色心不二の根本の悟りであり、末法の衆生が帰依すべき絶対の本尊なのです。
 ゆえに、『四条金吾殿御返事』に、
 「真実一切衆生色心の留難を止(とど)むる秘術は但(ただ)南無妙法蓮華経なり」(御書 1194頁)
とあるように、末法の衆生は大聖人の御当体である御本尊を信受し、題目を唱える行体のところに、凡夫の迷いの色心は直ちに御本尊の色心と一体となって、即身成仏の大利益を得ることができるのです。
 私達の、毎日の勤行・唱題は勿論、寺院への参詣、御報恩御講や大切な行事への参加等、皆さんの日常の生活における、信心活動の振る舞いのすべてが、どんな悪業を持った、苦しい境界にある人であっても、大聖人様の大法と、私達一人ひとりの信心にもとづく発心によって、真の、幸せな境界を得ることができるのです。
 信心は修行ですから、修行無くして功徳だけ願ってもそれは叶いません。
 大聖人様も、
 「叶ひ叶はぬは御信心により候べし。全く日蓮がとがにあらず。」(御書1519頁)と仰せです。
 
信心の現れは、色心不二ですから態度や姿勢に如実に顕れます。御本尊様の前に集中してじっと座れない。そればかりか、その部屋から出て行ってしまう。御本尊様をしっかりと拝せず、下を向いたり、よそ見ばかりしている。胸の前で合掌が出来ず、いつも手や体を動かしている。
 本人は、あまり自覚もなく、ちゃんとやっているつもりになっていますので、優しく注意してあげる事も慈悲です。
 とにかく勤行唱題が苦痛で、難行苦行でしか無いという方は、信心が弱っています。
 どうか一人一人が自分の信心の弱さ、心の醜さ、あるいは命の汚れ、そういうものに気が付いたならば、また妙法に立ち返って、御本尊様のもとに、しっかりと題目を唱えて、清らかな命へと磨いていって頂きたいと思います。 

 私達日蓮正宗の僧俗は、個人の幸せや成仏のみを追求するだけでなく、自分に縁をする全ての人々、さらには一切衆生の幸せを願い行動しなければなりません。
中には、そんな大それた事など考えていないと思う方もいるかも知れませんが、皆さんが、勤行唱題した最後に「乃至法界平等利益(ないしほうかいびょうどうりやく) 自他倶安同帰寂光(じたぐあんどうきじゃっこう)」と御祈念されていると思いますが、この意味は、只今自分が修めた勤行の功徳を、自分だけのものとせず、宇宙法界全てに平等に回らし、自他共に寂光土(じゃっこうど)(成仏の境界)に帰す事が出来ますようにとの意味なのです。
 皆さんは毎日、こんなにも尊い修行をされている事を自覚し、誇りに思って下さい。
 そして、これら全ては、「一人が一人を折伏する」という原点にあるということを確認しあいたいと思います。
 本日はご苦労様でした。


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