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   【是の好き良薬を、今留めて此に在(お)く、汝取って服すべし、差(いえ)じと憂うること勿れ
 
御本尊様こそ大良薬である
 
 
     
   【日本が長寿大国になった要因】
 日本人の平均寿命は、男性では世界5位ですが、女性は25年連続の世界最長寿で、男女をいっしょにした場合でも、日本人の寿命は世界一の水準にあります。(WHO世界保健統計2010年)。

 長寿大国になった要因を少々調べますと、 縄文時代の日本人の寿命は、男女とも 15歳だったそうです。
 江戸時代で20歳代後半~30歳。
 明治・大正時代の平均寿命は40歳代、50歳を越えたのは昭和22年からだそうです。

 平均寿命が伸びた一番の理由は「乳幼児の死亡率の減少」が挙げられます。大正末期(1925年頃)までは、出生が1000児に対して、150児(15%)も死亡していました。それから、だんだんと低下して行き、1940(昭和15)年には、10%以下、1947(昭和22)年には、7.65%、1961(昭和36)年には、5.2%、2002(平成14)年には、3%まで減少し、世界のトップクラスになっています。  

 その要因は、「健康診断の実施」「予防接種の法的な義務付け」「治療薬の普及」などが挙げられ、これらと併せて、「食生活の改善による栄養状態の向上」「衛生環境の改善」なども、大きく関わっているようです。


【長寿にまつわる問題点】
 寿命が延びることは間違いなく良いことです。誰しも、自分及び大切な人が長生きしてくれることを望んでいると思います、
しかし、日本は「最も高齢化が進んでいる国」と言えます。今後、更に超高齢化大国となる日本は、「雇用システム」や「社会保障制度」も見直さなければならなくなってきています。

 また、90歳まで生きるとしたら、ほとんどの人が「心筋梗塞」「脳梗塞」「脳出血」「クモ膜下出血」「胃がん」「肺がん」「肝臓がん」「大腸がん」「膵臓がん」の9つ+女性は「乳がん」「子宮がん」の疾患で亡くなると言われています。
 長生きするにつれ、癌にかかる確率も上がっていくということです。

 また、調べていて『男性の寿命を縮める因子』というものがありました。
 1位「独 身」・・・3,500日
 2位「タバコ」・・・2,250日
 3位「心臓病」・・・2,100日
とありまして、飲酒・喫煙よりも、外食や出来合いの弁当ばかりで、しかも、1人で早食いといった食生活を続けることにより、9年半も寿命が縮むと言われています。

 また、現在は『健康寿命』が注目されています。これは、健康で自立して生活出来る期間。つまり、平均寿命から、病気や寝たきりの期間を差し引いた健康な期間の事を指します。

 健康寿命を延ばすためには、生活習慣の改善・前向きに生きる・ストレスを溜めない事が有効であると言われています。
 WHO(世界保健機関)が2008年に発表された日本の健康寿命は、男性79歳、女性82歳で、これは男女とも世界一位です。
 ちなみに最下位はアフガニスタン・ジンバブエが42歳です。内戦・テロ・虐殺・貧困などにより、ここまで健康寿命が短いようです。

 我が講中の健康寿命は日本人の平均より高いように見受けますが、我々は日本に生まれ、しかも正法に巡り会えていることに感謝しなければなりません。
 また、長生きすればそれだけ病にかかる確率も高くなる訳ですから、それらをしっかり肝に銘じながら生活していくことが大事だと思います。

 大聖人様は、
 『一日もいきてをはせば功徳つもるべし。』(可延定業御書 御書761頁)
と仰せです。
 一日の命は三千界の宝物よりも大事なものです。
命がなぜ大事かというと、命があれば自分の力でお題目が唱えられます。勤行や折伏が出来ます。生きていればこそ自分で功徳を積むことが出来るから命が尊いのです。
 そこのところが解ってないと、お金の為に、地位の為に、名誉の為に、命を懸けてしまう。
 この尊い命を、御本尊様のために使っていくところに仏様の功徳というものが厳然と表れてくるのです。だから「不自惜身命」というのです。

 私もこの際、禁煙して節制を心がけ、少しでも長く御奉公出来るように心がけて行こうと思います。
 あえて皆さんの前で宣言しないと心が折れそうになると思いまして、公言させていただきます。。


 【手を合わせるという良薬】
 医学の進歩により、特効薬といわれる良薬が日々誕生しています。
 しかし、お医者さんからいただく薬や、あるいは注射をしていただくものだけが良薬ではないのであります。
 釈尊は法華経に良薬を説かれ、日蓮大聖人様は仏法を通して御本尊様の良薬ということを御書の各所に説かれております。

 『法華経如来寿量品第十六』の私達が毎日唱えている長行の中に「是好良薬(ぜこうろうやく)」と説かれている箇所があります。「是(こ )の好(よ )き良薬(りょうやく)」と読みます。

 『寿量品』において、仏の久遠常住の寿命とその化導が説かれた後、さらにこれを譬えによって示されたのが良医病子(ろういびょうし)の譬えです。
 この譬喩(ひゆ)は勝れた医者が多くの子供の病を治す譬えで、釈尊の久遠以来の非生現生(ひしょうげんしょう)・非滅現滅(ひめつげんめつ)の化導によって、一切衆生が導かれる姿が説かれたものです。


 【良医病子の誓え】
 《 》の部分が該当するお経文です。皆さんのお経本にもありますから、後で照らし合わせて見て下さい。
 十人二十人百人以上の子(衆生)を持つ名医(仏)《其人多諸子息。若十。二十。乃至百数》が他国に出張する事になりました。
 その際「私の仕事部屋には薬もあるが毒(謗法)もある。薬でも処方によっては毒になるもの(爾前権経)もあるから、絶対に入ってはいけない」と諭しましたが、子供達は言いつけを守らず毒を飲んでしまい、のたうち回りました《薬発悶乱。宛転于地》。

 そこに父が帰って来たので、子らは謝って、苦しいので助けてくださいとお願いしました《遙見其父。皆大歓喜。拝跪問訊。善安穏帰。我等愚癡。誤服毒薬。願見救療。更賜寿命》。
 子供の苦しむ姿を見た父はすぐさま色も香りも味も最高の薬を処方します《依諸経方。求好薬草。色香美味。皆悉具足》。
毒が回っておらず、本心(核・仏性)を失っていない子は直ちに飲んで回復します《其諸子中。不失心者。見此良薬。色香倶好。即便服之。病尽除愈》が、毒気が深く入って本心を失った子《気深入。失本心故》は、それも毒じゃないかと疑って飲みません。

 そこで良医は一計を案じ、「私は老いて死期が近い。ここに最高の薬を置いておくから飲みなさい。これを飲んでも治らないんじゃないかと疑ってはいけない」《我今衰老。死時已至。是好良薬。今留在此。汝可取服。勿憂不差》と言い置き、他国へ出掛けます。
 その出張先から使い(大聖人様・現在では猊下様)が来て、父上が亡くなったと知らされます《遣使還告。汝父已死》。

 それを聞いた子供達は「父が生きていてくれれば私達を助けてくれるけれど、知らない土地で亡くなった今となっては誰を頼りにしていけばいいのか」《若父在者。慈愍我等。能見救護。今者捨我。遠喪他国。自惟孤露。無復恃怙》と深く歎き悲しみ、それによって遂に毒気から醒めて薬を飲み、ようやく病が癒えました《心遂醒悟。乃知此薬。色香味美。即取服之。毒病皆愈》。

 良医が死を告げさせたというのは、仏が実は滅していないのに方便のために入滅の姿をとることを指し、子供たちが目覚めたとは仏法の利益を得たことを表しています。
 私達一切衆生は、いつでも仏様が近くにいらっしゃると思うと真剣に仏様のお言葉を聞かないので、
 心底仏様を求める渇仰恋慕(かつごうれんぼ)の心を抱かせるために入滅(滅不滅)の相をとられ、その教え (お経)を残されるのです。

 この譬えは、仏様が残し置かれた法華経が、いかなる病も悩みも苦悩も除くところの無上(最高)の薬であることを説かれたものです
 
 私は小僧の頃から何度となくこの『良医病子の喩え』は教えられ学んできました。しかし、「父が亡くなったと聞かされて子供が正気に戻る」という事が学問的には理解出来ても、私の場合、双方両親が健在ということもあり自分の感覚として実感できないでいました。

 先般、同期生である浄願寺さんから送っていただいている寺報に分かりやすくこの譬えを説明されていましたので御紹介します。
 『人の噂も何とやらで、マンションを出てからはあまり話題になりませんが、先日まで毎日のように報道されていたのが、タレントのオセロ中島さんのマインドコントロールの問題でした。
 その報道のさなか、二〇年ほど前に霊感商法や合同結婚式で話題を呼んだ統一教会に洗脳され、後に無事復帰を果たしたタレント、飯星景子さんがテレビに出演し、この問題について、「(人格が)戻るチャンスは必ずある」と、自身の体験を交えて語りました。
 当時の自分の心境について、「ブレない自分になりたく、物差しみたいなものがほしかった。だから教義、神様のようなものがとても楽だった」と話し、マインドコントロールに入る状態について「最初、浴槽にコップ一杯の赤い水を入れられても透明だから気付かない。そして毎日赤い水を一杯ずつ入れられると、最後は真っ赤なお風呂になるが、その時はすでにそれがわからなくなっている」と説明しました。

 その状態を抜け出したきっかけは、父で作家の飯干晃一氏(故人)の弱った姿を見たことだったそうです。「父が強い言葉や話術や知識で説得している間は全く心に響かなかったけれど、私にとってはスーパージャイアントな父が、私のせいで弱っていたんです。それで、父の勧める専門家の方の話を聞いてみようかと思いました」とのことでした。
 その上で中島さんについて、「どんな状態になっても、心の中には本人という核が残っています。私も父への信頼は残っていました。だから、戻る可能性はあります」と語りました。
 この話を聞いて、私達が毎日読んでいる寿量品長行の「良医病子の譬」そのものだと思いました。』(浄願寺 寺報『智目』226号 郷 道輝師著)

 実に分かりやすく譬えを引かれていると思います。折伏・法統相続のヒントになると思います。


 【大聖人様が説かれる良薬とは】
 日蓮大聖人は、『観心本尊抄』に、
 「『是好良薬』とは寿量品の肝要たる名体宗用教の南無妙法蓮華経是なり」(御書 658頁)
と仰せられ、日寛上人はこれについて、『観心本尊抄文段』に、
 「『是好良薬とは寿量品の肝要乃至是なり』とは、
文の意に謂わく、今の是好良薬は脱益(だっちゃく)の寿量品の文底、名体宗用教の南無妙法蓮華経是れなり云云。
 当(まさ)に知るべし、『肝要とは、是れ文底の異名なるのみ(中略)若(も )し蓮祖は時、末法に在り。故に文底下種の妙法に約するなり。法華経は一法なれども時機に随って同じからず」(御書文段 二七五頁)
と、大聖人は末法に約して、『寿量品』の文底をもって是好良薬とするのである、と仰せになられています。
 即ち、『御義口伝』に、
 「是好良薬とは、或は経教、或は舎利なり。さて末法にては南無妙法蓮華経なり。是とは即ち五重玄義(ごじゅうげんぎ)なり。好とは三世の諸仏の好(この)み物は題目の五字なり、今留(こんる)とは末法なり、此とは一閻浮提の中には日本国なり、汝とは末法の一切衆生なり(中略)服とは唱へ奉る事なり。服するにより無作の三身なり、始成正覚(しじょうしょうがく)の病患(びょうげん)差(い )ゆるなり」(御書1769頁)
とあるように、大聖人は末法に上行菩薩の再誕、再応『寿量品』の本主として御出現あそばされた御立場より、法華経一部八巻の要中の要たる南無妙法蓮華経こそ、「良薬」の正体であると明かされたのです。
 大聖人は『法華取要抄』に、
 「諸病の中には法華経を謗ずるが第一の重病なり。諸薬の中に南無妙法蓮華経は第一の良薬なり」(御書735頁)
と仰せです。「是好良薬」の南無妙法蓮華経の大法は、末法濁悪の世に生まれた私たちの謗法の極大重病を、ことごとく救済し消滅させる最勝の功徳を具えているのです。


 【真の是好良薬は本門の本尊】
 また、「是好良薬」について、日寛上人は、
 「『是好良薬』は即ち是れ本門の本尊なり。『今留在此(こんるざいし)』は即ち是れ本門の戒壇なり。『如可取服(にょかしゅぶく)』は即ち是れ本門の題目なり」(六巻抄九四頁)
と、『寿量品』の文底より依義判文(えぎはんもん)するとき、この文には三大秘法がそっくりそのまま説き顕されていることを御教示されています。
 すなわち、「是好良薬」とは、末法出現の御本仏の当体である本門の本尊をいい、「今留在此」とは、本門の戒壇であり、そして、「如可取服」とは、「取」とは信心、「服」とは口をもって良薬を服する、即ち妙法を唱え行ずることに当たる、と御指南されています。
 したがって、末法濁世における真の「是好良薬」とは、日蓮大聖人が一切衆生救済のために御図顕あそばされた本門戒壇の大御本尊なのです。
 

 【真の良薬の効能とは】
 仏法の功徳のなかに、いろんな功徳の現れ方がありますが、一番大事なのは、やはり健康に対する功徳、病を克服する功徳と、そうしてまた、生涯を通じて意義のある一生を生きる、その大事な一生を本当に幸せな人生であると実感しながら全うしていく。そのことが一番大事だと思います。

 そのために仏様は、「病即消滅、不老不死」(法華経54頁)という、まことに尊い慈悲を込められて、一切衆生を救済あそばされるのであります。
 最高の身心の薬は御本尊様に御題目を唱え、身に行じていくことに尽きます。
 そうすることによって、それが心の病であれ、煩悩の病であれ、身の病であれ、命の病であれ、全てそれらを克服することができる道を確立してくださっているのであります。
 日蓮大聖人は『太田左衛門尉殿御返事』に、
 「法華経と申す御経は身心の諸病の良薬なり。されば経に云はく『此の経は則ち為れ閻浮提の人の病の良薬なり。若し人病有らんに是の経を聞くことを得ば病即消滅して不老不死ならん』等云云。」(御書1222頁)
と法華経薬王品を引用され仰せであります。
 御本尊様から頂く法華経の良薬は、一生涯忘れず継続して身心に服するところに効力が明らかとなります。これを冥益(みょうやく)といい、徐々に身心の病が御本尊様の治療により完治していくのであります。
 仏法上の病というのは、ただ単に身体のある部分を痛めたとか、腫瘍があるとか、熱が出たとか、それを病院に通って治療するとか、そういう医学的な側面を遙かに超えて、人間の命の底に持っている、障魔の働きや、宿業の問題や、煩悩の問題等々、生命に巣くっている、ありとあらゆる病、それらを全部総称して、仏典では病と申しているのであります。
 特に、貪瞋痴の三毒と言われる、むさぼる心や、瞋る心、おろかな心、更にもっと究極的には仏様を信じない心、また自分が仏になれるという事を信じない心が命の底にあり、これが一切の災いの元(命の病)となっているのです。

 その一つひとつを消滅していく力、功徳、働きが妙法には具わっているからこそ、「病即消滅、不老不死」ということが言われるわけであります。そうした「病即消滅、不老不死」の功徳が厳然としてあるということを確信していただきたいと思うものであります。
 それは医学の力の限界を超えて、人智をもって量ることができないほど、一人ひとり、末法万年の衆生を救済する力、功徳があるのであります。これほどの宝物は世界中どこを探してもありません。

 私達は日蓮正宗に縁して、大聖人様から一閻浮提第一の御本尊を頂き、妙法の良薬を賜っているということが、どれほど有り難いことかということを心に置かれまして、どんなことがあっても、何が起こっても、ちゃんと御本尊様に守られる。御本尊様のもとに唱題していくならば、すべてのことを乗り越えることができるという確信を持っていただきたいと思います。

人は、自する」という原点にあるということを確認しあいたいと思います。
 本日はご苦労様でした。

 
                               住 職   ()  (はし) (どう) (ほう)   

 
 
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