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    支部総会の砌  平成二十二年四月 
 
     
 

 みなさん、第20回慈本寺支部総会、誠におめでとうございます。
本日は早朝から出発され、それぞれ大変だったと思いますが,無事に総本山にて総会が開催出来大変嬉しく思う次第です。
 また先程は会計報告の藤縄さん、監査の村野さん・尾高さんの感動的な体験発表・講頭さんの力強い激励、まことにありがとうございました。
 本日お集まりの皆さんが、それぞれ心に留めて、今後の信心の糧にして頂きたいと思う次第です。
 先程、尾高さんのお話にありました、鶴田さん・大森さんをはじめ梅原さんが折伏されたマリオさん、また慈本寺支部に移籍しました私の両親のこの会場におりますので、紹介したいと思います。

 第一に【何としても御命題の達成を成し遂げよう】という事です。
「広布前進の年」も四月に入り、皆様には折伏誓願の達成へ向けて日夜、御精進のことと思います。
 御法主日如上人猊下は、今月の唱題会の砌
『我々は生を受け値い難き人界に生を受け、さらに値い難き仏法に値奉り、一閻浮提第一の大御本尊に巡り値うことが出来ました。jこの喜びは千言万語(せんげんばんご)をもってしても言い表すことのできない無上の喜びであります。
 私達は、そのたぐいまれなる深い因縁に心から感謝するとともに、仏祖三宝尊へ対し奉り、衷心より御報恩謝徳申し上げていかなければなりません。と同時に、功徳と歓喜を受け身として、自分一人だけのものとしていたのでは、せっかくの功徳も半減してしまいます。
 大聖人様は、人間の持つ様々な苦悩と不幸の原因は、全ての害毒によるとると仰せられ、その謗法を払い、功徳を積んで行くことが出来る唯一の方途こそ、折伏であると仰せられています。つまり、折伏することによって、我々は無始以来の謗法の罪障を消滅し、現当二世にわたる功徳をうけて、自他共に幸せになることができるのであります。』
と御指南されています。
 大事なことは、歓喜と御報恩感謝をもって生活し、人にも語っていくということであります。是が簡単なようで、実は一番難しいのです。なぜなら、この信心は、正しいが故に、難信難解と申しまして、信ずることも理解することも大変難しい教えだからです。
 ですから我見に陥りやすく、また、『なぜ信心をしているのにこうなるのか?』と疑いを起こしがちがちのなるからです。
 今年の支部総会には、残念ながら高橋雄輝さんはおられません。
 覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、昨年の総会では、命がけで信心根本に仕事に打ち込まれた方だからこそ語れる深いお話しをいただきました。
 要約しますと、

 私は、御本尊様に三つの事をお願いしています。
  一つ目は、唱題の鬼にさせて下さい。
  二つ目は、折伏の鬼にさせて下さいと御祈念をしています。
  三つ目は、立正安国論に基ずく広宣流布です。その為に私はこの自分の命を懸けようと思っております。
 私の希望は、やはり立正安国論に基づき、広宣流布し仏国をつくり、最期に私の屍を御本尊様に差し出したいと思っています。私の体験からしますと、お金なんか欲しいと思ったことはありません。毎日楽しいから仕事を頑張っているのです。お金はいらないと言っても、御本尊様が「娑婆世界で稼いでこい」というもので、取っとけ取っとけと言わんばかりに入ってくるので、お金を貰っているようなものです。本当にお金が欲しい欲しいと言っている人には、楽しんで仕事をやっていけば御本尊様からの功徳によって取っとけ取っとけとお金は使い切れないようにやってきます。
 私は本当に折伏の功徳はすごいんだなと感じております。
 これから是非、若い方々に折伏の鬼になってもらいたいなと心から願っております。
 というものでした。昨日の今頃は、雄輝さんは、膵臓がんで余命一ヶ月と診断され半年が経過しておりました。
 どこに病気の身でありながら、そんな体力があるのかと思うほど、仕事に折伏に励まれていました。 
 寿命を御本尊様に一年以上も延ばしていただき、最後はロウソクの火が燃え切ってフッと消えるように穏やかに亡くなられました。
 先程の雄輝さんのお話は、私を始講中への遺言としてしっかりと受け止めていきたいと思います。

みなさんいかがでしょうか?

 我々はこれを契機に、今一度信心の姿勢を正していかねばなりません。
 その人の信心の状態が一番顕著に顕れるのが、御本尊様の前に座った時の姿勢であります。
 猊下様が、小僧さんに、最も重要視され厳しく仰せになられるのが勤行の姿勢です。
 なぜならこれが、信仰の基本だからです。
 以下に紹介しますので、自己点検して下さい。
 しっかりと合掌し、キョロキョロせずに御本尊様の妙の字を拝しているか?
 体を動かさずに、背筋をのばして座っていられるかしっかりと声を出し、口を大きく開けて発音できているか?
 お経本をよく見て、正確に唱えているか?
 早さは自分勝手でなく他の者に合わせているか?
 身に油断怠り無きよう、心に余念雑念がなく出来ているか?
 体中が歓喜で躍動しているか?
 皆さんいかがでしょうか?
 最高の法をもっていること、イコール、自分が直ちに完成された勝れた人間であると言う事は、錯覚でしかありません。
 我々は、日々煩悩に振り回されている、悩み多き凡夫でしかありません。そのために、御本尊様のもと修行しているのです。修行もせず、ただ功徳のみを欲しがる信心では何も得られません。
 また、大聖人が仰せのように、慢心は特に戒めなければなりません。
 スポーツ界でも、北京のオリンピックの男子金メダリストである石井選手は、口が災いして柔道界にいられなくなりました。横綱の朝青龍やボクシングの亀田親子も同様で実力があっても慢心を起こし、自分で自分の首をしめる結果になっています。
 慢心は自分自身に対する評価を誤らせ、更なる向上を目指す努力を鈍らせるばかりでなく、他人に対しても、その人間関係に於いて、種々の不信感やトラブルを生んでいくもととなってしまいます。
 これらは、成仏の妨げにもなり、常に謙虚に自分自身を冷静に見つめる事が必要です。
 皆様におかれましては、本日の総会を契機に、各自の信仰の姿勢を見直され、本年の御命題完遂に向け、共々に頑張ってまいりましょう。ありがとうございました。

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