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   【一代の肝心(かんじん)は法華経・法華経の修行の肝心は不軽品(ふぎょうぼん)にて候なり】

不軽(ふぎょう)菩薩(ぼさつ)について

 
     
 

 本日は、不軽菩薩についてお話をさせて頂きます。
 仏の滅後の悪世に、正法を弘通する実践の在り方を示したのが、常不軽品第二十に説かれる不軽菩薩の実践です。

 不軽菩薩は、釈尊の過去世の修行の姿で、「二十四文字の法華経」を説き、一切衆生を礼拝し続けました。二十四文字の法華経とは、法華経の経文上の文字が漢字で二十四文字あることから名づけられたもので、その内容は次の通りです。

 「我れは深く汝等(なんだち)を敬い、(あえ)軽慢(きょうまん)せず。所以(ゆえん)(いか)ん、汝等は皆な菩薩の道を行じて、当に作仏(さぶつ)することを()べし(私は深くあなたたちを敬い、決して軽んじない。なぜかといえば、あなたたちは皆菩薩の道を行じて成仏することができるからである)」

ここには、万人の生命には仏性が内在しているゆえに、ありとあらゆる人の生命を敬うという法華経の思想が端的に示されています。

 この不軽菩薩は、釈尊が仏になる前に、「二十四文字の法華経」を説きながら菩薩として修行していた時の話であります。それは、不軽菩薩が人には誰にでも仏になれる性分が備わっていることを信じ、常に他人を礼拝し敬っていたのであります。しかし、人々の中には自分には仏様のような素晴らしい性分があるわけがないと思い込み、不軽菩薩に対して石を投げたり、杖で打ったりする者がありました。

それでも不軽菩薩は、人々を敬う礼拝行を繰り返したのであります。結果的にはこのときに不軽菩薩を迫害した人々は一度は地獄に堕ちたのでありますが、法華経を聞いたその縁によって成仏できたという話であります。

 この説話からは、愚かな私たちにも仏様のような素晴らしい心が備わっているということ。私たちは自分の考えが常に正しいと思い込み、正しいものをなかなか正しいとみることができないということ。そして他人を敬うということは自分自身をも大切に考えているということ。以上のことを私たちに語りかけています。

これが、不軽菩薩の故事のあらましです。大変重要な意味を釈尊は説かれていますが、不軽菩薩は法華経の中にあって、他の菩薩よりたいへん地味な存在として描かれております。

たとえば、苦しみの衆生を救うために三十三の姿を示現する観音(かんのん)菩薩(ぼさつ)(あふ)れるばかりの智慧を有する文殊師(もんじゅし)()菩薩(ぼさつ)、悪魔・魔民をこらしめ修行者を守護する普賢菩薩(ふげんぼさつ)など、高貴な菩薩が次々登場する法華経の中で不軽菩薩のイメージは決して華麗なものとは言えません。

もろもろの神通力を所持しないばかりか、かえって人間的な苦悩を感じさせる菩薩、それが不軽菩薩です。 

むしろ、今流の言葉でいえばマイナーな菩薩です。

そのためか、鎌倉時代にあっても、観音や文殊などの諸菩薩がもてはやされる中で、不軽は顧みられることの少なかった菩薩と言えます。

 そんな中、大聖人は『(しょう)人知(にんち)三世事(さんせじ)』に、

 「日蓮は是れ法華経の行者也。不軽の跡を紹継するの故に軽毀(きょうき)する人は(あたま)七分に破れ信ずる者は福を安明に積まん」(新編一一七一頁)

と仰せられ、四衆に「悪口」「打擲(ちょうちゃく)」された不軽菩薩の跡を継いで、不軽と御自身の精神が同一であることを示されました。

また、大聖人が四条金吾に宛てたお手紙に『()(しゅん)天皇(てんのう)御書(ごしょ)』があります。その最後の部分に、

 「一代の肝心(かんじん)は法華経・法華経の修行の肝心は不軽品(ふぎょうぼん)にて候なり、不軽菩薩(ふぎょうぼさつ)の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐(ほんがい)は人の振舞にて候けるぞ、穴賢(あなかしこ)・穴賢、賢きを人と云いはかなき(ちく)といふ」

と仰せであります。

これを現代語に訳しますと、

 『釈尊が一代に説かれた教えの中で肝心なのは法華経であり、その法華経の中で修行の肝心は不軽品に説かれている。不軽菩薩が人を敬ったというのはどういうことか。それは釈尊が世に出現された本懐(目的)が人の振る舞いを教えるためであったからである。

 この道理をわきまえる者を人と云い、わきまえない者を畜生というのである。』となります。

 四条金吾殿には医術の心得があり、この時期、主君の江馬氏の病気の看病に当たられていました。大聖人は主君に重用されるとまわりの同僚からねたみやそねみをかうので、あまり有頂天にならず、日々の生活や振る舞いを質素にするよう注意され、とくに金吾殿の短気な性格をご心配され、怒りによって身を滅ぼしたとされる崇峻天皇の物語を引かれ、誡められております。

 そして最後には「一代の肝心は法華経、法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり。不軽菩薩の人を敬いしはいかなる事ぞ」と、法華経の修行を実践された不軽菩薩のことが説かれています。

 仏道を志す者であれば世の中における人倫の道もわきまえなければなりません。この道理をわきまえることができる人を賢い人といい、わきまえることのできない人は畜生と同じであるとの大聖人の仰せは、まさに信仰を志す一人一人が自問自答しなければならない問題だと思います。

 不軽菩薩については、大聖人ご自身が「不軽の跡を紹継する」と仰せなのです。すなわち、不軽菩薩の実践は大聖人の御精神であり、そのおを紹継すべき私どもにとっても、行動の重要な範なのです。

不軽菩薩の故事は、大聖人の法門を学び行ずるたちに、さまざまな示唆を与えてくれます。

一例をあげれば、私たちは常日頃「折伏」をなにかしら豪壮なもの、相手を完膚なきまでに屈服させるかのように考えがちですが、それは折伏の本義が不軽菩薩の修行にあることを思えば明らかに誤解であることが察せられます。

不軽菩薩には、相手を屈服させることも、説き伏せることも眼中にはありません。只ひたすら、自らの信ずるところを振舞う、その一点に精神を集中しているかのように見えます。

それを相手が信受するか、しないかは別問題であり、不軽菩薩は常に衆生に対して逆縁を結ぶのみであります。 

ひるがえって、大聖人の振舞いも妙法蓮華経の受持に尽きるのでありまして、その忍難の一生の中で当時の多くの人々と逆縁を結ばれたのであります。 

不軽菩薩は「(じょう)(もく)()(しゃく)」、大聖人は「大難四箇度」という一生そのものが、そのまま折伏行にほかなりません。それこそ、食べることも寝ることも迫害を受けることも、行住(ぎょうじゅう)座臥(ざが)に折伏はあります。

そこには、仏法は勝負と鼻息を荒くし、勝つためには手段を選ばないという、某団体の考えそうなことは微塵もないのであります。

そしてそれは、派手でもなければ、豪壮でもなく、自らに与えた試練を忍ぶ地道で素朴な姿であったろうと私は思います。

そういう謙虚さを失ってしまうと、変質的・攻撃的な教義に変わってしまうのです。そのような行為により生じる様々なトラブルを「法難」「三類の強敵」云々として、安易に処理してしまうことは、最も危惧するべき大問題であり、ゆえに「不要な・無意味なトラブル」を世間で引き起こす因となっているのです。

そのほかにも不軽菩薩には、困難に打ち克つ精神、独善を排する謙虚な姿勢、物事に対する地道な取り組みなど、実にたくさん学ぶべきものがあります。

真実の「人の振舞」を身につけようと修行している私たちにとって、不軽菩薩は非常に有難い手本なのであります。

話は少し横道にそれますが、かの宮沢賢治は三十七歳という若さをもって、その生涯を閉じましたが、彼は熱心な法華経信奉者であり、とりわけ不軽菩薩を恋い慕っておりました。

病床で手帳につづった「雨ニモマケズ」という願文にも似た詩には、

ヒデリノトキハナミダヲナガシ

サムサノナツハオロオロアルキ

ミンナニデクノボウトヨバレ

という一節がありますが、この「デクノボウ」には、賢治の不軽菩薩への思慕が表れていると言われています。

 また、同じ手帳に「不軽菩薩」と題する詩があり、石を投げられて逃げる姿が描かれています。

賢治の「(けい)(じゅう)公園(こうえん)(りん)」という童話には、周囲の人々に笑われ、(ののし)られながらも、黙々と樹木を植え続ける慶十という人が登場します。

この主人公は、可哀想なくらいにバカにされ、妨害をされ、時には暴力を振るわれますが、毎日毎日少しづつ杉の木を荒れた土地に植え続けて、慶十は亡くなってしまうのですが、ついにそれらが立派な杉並木となり、公園となって、村中の子供たちを喜ばせたという話になっています。

この童話も賢治が不軽菩薩を強く意識して書かれたものだと思いますが、その根底には、賢治自身が不軽菩薩を手本として「人の振舞」を身につけようとしていたことが伺えます。

賢治は法華経を信じていましたが、特定の教団には属さなかったので、富士門流の信徒ではありませんが、不軽菩薩に感動し、それを手本として自らの修行を成し遂げようとしたので、その信仰は純粋で地に足のついたものになったといえます。それほど不軽菩薩の修行は、法華経信仰に欠かせないものなのです。

と同時に、不軽菩薩の修行が分かり得なければ、真に法華経を体得したことにもなりませんし、大聖人の折伏行を本当に理解したことにもならないと言えます。そこに私たちが、もっともっと不軽菩薩の修行を学び、心がけてゆく必要があります

 無論、末法時代である今日の修行においては、「単に仏性を礼拝する行」ではなく、大聖人が顕された「妙法五字」を以って行う折伏行が「本」となることは間違いありません。しかし、最も肝心なことは、不軽菩薩が実際に行われた「礼拝行(二十四字)」そのものを受け継ぐことではなく、「その精神・立ち振る舞い」、即ち「忍辱行の鎧」をしっかりと身命に刻み込んだ「折伏行」が肝心であるということなのです。

真の慈悲(心・行)とは、へりくだった謙虚さと、全てを飲み込む寛容さ、そして相手の苦を自身の苦として捉え、「共に足並みを揃えて前進する」という所にあるはずです。

 そこに本物の功徳が具わるのです。

 法華経の深い意義を知れば、世間一切のものごとすべてを明らかに見ることができます。これが功徳です。御本尊様を深く信じ、強く信じ、仏の仰せのままに修行をするならば、世の中のことの全てにおいて迷うことがなくなるのです。

 私たちのように、凡夫の眼・凡夫の智慧でありましても、大聖人様がお示し下さった本門戒壇の大御本尊様を信じて、御法主上人の御指南のままに信心修行していくならば、おのずと私たちの生命の中に、深い世法に対する悟りが出来るのです。したがって、世の中の出来事において少しも迷うことがなくなります。それが、そのまま現世安穏・後生善処の道なのです。

        住 職  () (はし)  (どう)  (ほう)  


 
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