ホーム > 御住職の法話目次  御住職の法話 (第185号)  
   
 
   ()(みぎり)(のぞみ)まん(やから)無始(むし)罪障忽(ざいしょうたちま)ちに(しょう)(めつ)し、三業(さんごう)(あく)(てん)じて(さん)(とく)(じょう)ぜん  
   登山の意義について その1
 
   (かげ)(さま)で、(みな)さんに(まも)られながら、昨年(さくねん)の2月26日にこちらに(まい)りまして一年(いちねん)大過(たいか)なく()ぎました。
 これも
(ひとえ)に、(ぶっ)()三宝(さんぽう)(そん)御加護(ごかご)と、皆様(みなさま)(あか)(まこと)(ほか)()によるものと(ふか)感謝申(かんしゃもう)()げます。ありがとうございました。
 
今後(こんご)も、『(こう)()のモデルとなる講中(こうちゅう)』になれるよう精進(しょうじん)して(まい)りますので、どうぞ宜敷(よろしく)(ねが)(もう)()げます。

 
(みな)さんも、(すで)御承知(ごしょうち)(とお)り、(わたし)()本寺(ほんじ)赴任(ふにん)する(まえ)は、本山(ほんざん)(がく)衆課(しゅうか)というところで、一六(ねん)塔婆室(とうばしつ)一年間(いちねんかん)勤務(きんむ)させていただいておりました。下山(げざん)するに()たり内事部(ないじぶ)主任(しゅにん)理事(りじ)佐藤慈(さとうじ)(ちょう)御尊師(ごそんし)より「お(やま)は、御戒壇(ごかいだん)(さま)
(げいか)(おお)きな(ころも)(そで)(まも)られているが、末寺(まつじ)はそうはいかないよ。しっかりと頑張(がんば)っていきなさいよ。」と(はげ)ましの御言葉(おことば)(いただ)きました。
 その
御言葉(おことば)意味(いみ)が、お(やま)(はな)れてみて、ひしひしと(かん)じられるようになりました。(おう)にお(やま)は、霊山(りょうぜん)浄土(じょうど)でありました。

 
(いま)まで、登山(とざん)について何度(なんど)かお話し(はなし)をしたことはありますが、(いま)までしっかりと時間(じかん)をとってお話し(はなし)したことはなかったのではないかと(おも)い、本日(ほんじつ)登山(とざん)についてお(はなし)しをさせて(いただ)きます。

 また、
時間(じかん)関係上(かんけいじょう)数回(すうかい)に分けてお(はな)しさせていただくようになると(おも)います。


 【
登山(とざん)とは】
 
日蓮(にちれん)正宗(しょうしゅう)では、総本山(そうほんざん)大石寺(たいせきじ)参詣(さんけい)(さんけい)することを登山(とざん)(しょう)します。
 
総本山(そうほんざん)大石寺(たいせきじ)には、大聖人(だいしょうにん)御魂魄(ごこんぱく)である本門(ほんもん)戒壇(かいだん)(だい)御本尊(ごほんぞん)と、大聖人(だいしょうにん)以来(いらい)血脈(けつみゃく)相承(そうじょう)御所持(ごしょじ)あそばされる御法主上人猊下(ごほっすしょうにんげいか)がいらっしゃいます。
 
登山(とざん)本義(ほんぎ)は、大聖人(だいしょうにん)御魂魄(ごこんぱく)本門(ほんもん)戒壇(かいだん)(だい)御本尊(ごほんぞん)にお目通(おめ)りし、御法主上人猊下(ごほっすしょうにんげいか)大導師(だいどうし)のもと、(しん)世界(せかい)平和(へいわ)社会(しゃかい)福祉(ふくし)広宣(こうせん)流布(るふ)(いの)り、また自身(じしん)成仏(じょうぶつ)家族(かぞく)(しあわ)せ、罪障(ざいしょう)消滅(しょうめつ)即身成仏(そくしんじょうぶつ)()することにあります。
 
大聖人(だいしょうにん)()南条(なんじょう)殿(との)御返事(ごへんじ)』に、
()(みぎり)(のぞ)まん(やから)無始(むし)罪障忽(ざいしょうたちま)ちに(しょう)(めつ)し、三業(さんごう)(あく)(てん)じて(さん)(とく)(じょう)ぜん(中略)参詣(さんけい)(はる)(はる)かに中絶(ちゅうぜつ)せり。(いそ)(いそ)ぎに来臨(らいりん)(くわだ)つべし。()にて()()って(そうろう)べし」(御書(ごしょ)一五六九(ぺーじ)
(おお)せです。
 この
(しょ)は、南条(なんじょう)時光(ときみつ)殿(どの)大聖人(だいしょうにん)のもとに御供養(ごくよう)品々(しなじな)(おく)られた御返事(ごほんぞん)として(たまわ)った御書(ごしょ)です。
 この
御書(ごしょ)大聖人(だいしょうにん)は、御供養(ごくよう)のお(こころざし)はたいへん(とうと)いけれども、(しん)罪障(ざいしょう)消滅(しょうめつ)即身成仏(そくしんじょうぶつ)登山(とざん)参詣(さんけい)によって()られるから、(すみ)やかに登山(とざん)参詣(さんけい)()しなさいと、南条(なんじょう)時光(ときみつ)殿(どの)(たい)し、登山(とざん)(とお)のいたことへのご注意(ちゅうい)(うなが)されたのです。

 
総本山(そうほんざん)(だい)五十六()日応(にちおう)上人(しょうにん)は、本門(ほんもん)戒壇(かいだん)(だい)御本尊(ごほんぞん)について、
()御本尊(ごほんぞん)久遠(くどお)(くおん)の本仏(ほんぶつ)日蓮(にちれん)大聖人(だいしょうにん)御魂(おんたましい)(おんたましい)で御本体(ごほんたい)なるが(ゆえ)に、直々(じきじき)霊山(りょうざん)(けい)(もう)でゝ生身(しょしん)日蓮(にちれん)大聖人(だいしょうにん)(さま)御目(おめ)(みえ)(おめみえ)し(たてまつ)(たてまつ)る(こと)よと(ぞん)じて、臨終(りんじゅう)(ゆう)(まで)(まで)も(わす)(たてま)らざる(さま)信敬(しんきょう)すべきなり」(日応(にちおう)上人(しょうにん)全集(ぜんしゅう)(かん)(ぺーじ)
御指南(ごしなん)されています。  

 まさに
戒壇(かいだん)(だい)御本尊(ごほんぞん)こそ常住(じょうじゅう)不滅(ふめつ)(じょうじゅうふめつ)の御本仏(ごほんぶつ)日蓮(にちれん)大聖人(だいしょうにん)御当体(ごとうたい)なのです。

 また、
日応(にちおう)上人(しょうにん)は、
 「
当宗(とうしゅう)()(おい)て(じゅ)()する(ところ)(ところ)の御本尊(ごほんぞん)は、一切(いっさい)衆生(しゅじょう)(くだ)(おか)(おか)れたる()御本尊(ごほんぞん)御内証(ごないしょう)を、代々(だいだい)(かん)()(かんず)職一器(しょくいっき)(みず)一器(いっき)(うつ)すが(ごと)(ごと)く(じき)(じき)授相(じゅそう)(じゅそう)(でん)(でん)の(むね)(むね)を()(もっ)て(これ)(これ)を(うつ)(たてまつ)(じゅ)()せしむる(こと)なれば、(おのお)其持(そのじ)仏堂(ぶつどう)(むかい)ても(じか)()御本尊(ごほんぞん)(はい)(たてまつ)()よと(あい)(あい)(こころ)()(こころえ)」(同一(かん)(ぺいじ)
御指南(ごしなん)されています。

 
日蓮(にちれん)正宗(しょうしゅう)では、寺院(じいん)信徒宅(しんとたく)など、いずれの場所(ばしょ)御安置(ごあんち)されている御本尊(ごほんぞん)(たい)しても「本門(ほんもん)戒壇(かいだん)(だい)御本尊(ごほんぞん)」と(はい)(たてまつ)御報恩謝(ごほうおんじゃ)(とく)いたします。
 その
理由(りゆう)は、日蓮(にちれん)正宗(しょうしゅう)御本尊(ごほんぞん)は、すべて御法主上人猊下(ごほっすしょうにんげいか)本門(ほんもん)戒壇(かいだん)(だい)御本尊(ごほんぞん)御内証(ごないしょう)書写(しょしゃ)して授与(じゅよ)された、本門(ほんもん)戒壇(かいだん)(だい)御本尊(ごほんぞん)分身(ぶんしん)だからです。
 ですから、「
(いえ)勤行(ごんぎょう)唱題(うただい)しているからお(やま)()かなくていい。」「慈本寺(じほんじ)にお(まい)りしているからそれでいい。」という(かんが)えは、日蓮(にちれん)正宗(しょうしゅう)(おし)えとしては間違(まちが)っています。

 
私達(わたしたち)は、本門(ほんもん)戒壇(かいだん)(だい)御本尊(ごほんぞん)(たい)する絶対(ぜったい)信心(しんじん)をもって御本尊(ごほんぞん)(はい)することが、あらゆる功徳(くどく)享受(きょうじゅ)(きょうじゅ)する源泉(げんせん)ですから、日頃(ひごろ)から(つね)総本山(そうほんざん)参詣(さんけい)(もと)めるという気持(きも)ちをもって、信行(しんぎょう)(はげ)むよう(こころ)がけたいものです。

 
南条(なんじょう)時光(ときみつ)殿(どの)大聖人(だいしょうにん)のもとに登山(とざん)参詣(さんけい)(つくす)(つ)くしたように、(わたし)たちも戒壇(かいだん)(だい)御本尊(ごほんぞん)生身(しょうしん)大聖人(だいしょうにん)(はい)(はい)し、機会(きかい)あるたびに登山(とざん)参詣(さんけい)するよう(こころ)がけることが大切(たいせつ)です。

御開扉(ごかいひ)のありがたさ】
 
御開扉(ごかいひ)とは、(だい)御本尊(ごほんぞん)(さま)御内拝(ごないはい)御法主(ごほっす)上人(しょうにん)お許(おゆる)しいただいて、(にん)御本尊(ごほんぞん)にお()(どお)りさせていただく(こと)です。
 それによって、
(しん)(さん)大秘法(だいひほう)受持(じゅじ)することに()たるのですから、ありがたいことに、今生(こんじょう)(こんじょう)で人間(にんげん)()まれた最高(さいこう)(しあわ)せ、未来世(みらいせ)にわたる大功徳(だいくどく)(みなもと)となるのです。
 また、この大
御本尊(ごほんぞん)は、宗祖(しゅうそ)日蓮(にちれん)大聖人(だいしょうにん)が『(きょう)(おう)殿(との)御返事(ごへんじ)』に、
日蓮(にちれん)がたましひ((たましい))を、すみ((すみ))にそめながしてかきて(そうろう)ぞ」(新編(しんぺん)六八五(ぺいじ))と(おお)せのように、日蓮(にちれん)大聖人(だいしょうにん)御命(おいのち)であり、御一身(ごいっしん)であります。したがって、私達(わたしたち)が、大石寺(たいせきじ)登山(とざん)して、御開扉(ごかいひ)()けることは、日蓮(にちれん)聖人(だいしょうにん)にお目(おめ)(どお)り申(もう)し上()げることなのです。

 今月
(こんげつ)の拝読(はいどく)御書(ごしょ)であります、『南条(なんじょう)殿(どの)御返事(ごへんじ)
』に、

 「教主
(きょうしゅ)釈尊(しゃくそん)の一大事(いちだいじ)の秘法(ひほう)を霊(りょう)鷲山(じゅせん)にして相伝(そうでん)し、日蓮(にちれん)が肉団(にくだん)の胸中(きょうちゅう)に秘()して隠(かく)し持()てり。されば日蓮(にちれん)が胸(むね)の間(あいだ)は、諸仏(しょぶつ)入定(にゅうじょう)(にゅうじよう)の処(ところ)なり。舌(した)の上(うえ)は転法輸(てんぽうりん)の所(ところ)、喉(のんど)(のんど)は誕生(たんじょう)の処(ところ)、口中(こうちゅう)は正覚(しょうかく)の砌(みぎり)なるべし。かかる不思議(ふしぎ)なる法華経(ほけきょう)の行者(ぎょうじゃ)の住処(すみか)なれば、いかでか霊山(りょうぜん)浄土(じょうど)に劣(おと)るべき。法(ほう)(みょう)なるが故(ゆえ)に人(ひと)(にん)貴(たっと)し、人(ひと)(たっと)きが故に所(ところ)(ところ)尊(とうと)しと申(もう)すは是(これ)なり(中略(ちゅうりゃく))此()の砌(みぎり)に望(のぞ)まん輩(やから)は無始(むし)の罪障忽(ざいしょうたちまち)(たちまち)に消滅(しょうめつ)し、三業(さんごう)の悪(あく)(てん)じて三徳(とく)を成(じょう)ぜん」(同一五六九頁(ぺいじ)
また、『御講聞書
(おんこうききがき)』に、
 「本有
(ほんぬ)(ほんぬ)の霊山(りょうぜん)とは此()の裟婆(しゃば)世界(せかい)なり。中(なか)にも日本(にっぽん)(こく)なり。法華経(ほけきょう)の本国土(ほんこくど)(みょう)・裟婆(しゃば)世界(せかい)なり。本門(ほんもん)寿量品(じゅりょうほん)の未曾有(みぞう)の大曼荼羅(だいまんだら)建立(こんりゅう)の在所(ざいしょ)なり」(同(どう)一八二四頁(ぺいじ)(ぺーじ))等(とう)と仰(おお)せであります。
 すなわち、多宝
(たほう)富士(ふじ)大日蓮(だいにちれん)華山(げさん)大石寺(たいせきじ)は、現(げん)に日蓮(にちれん)大聖人(だいしょうにん)のまします霊山(れいざん)浄土(じょうど)であり、私達(わたしたち)の生命(せいめい)のふるさとなのです。
 「霊山に近づく烏は金色(こんじき)となる」と言われるように、総本山
(そうほんざん)大石寺(たいせきじ)に参詣して、御法主上人のお許しのもとに、本門(ほんもん)戒壇(かいだん)の大(だい)御本尊(ごほんぞん)の御開扉(ごかいひ)をいただき、心から罪障(ざいしょう)消滅(しょうめつ)・信心(しんじん)倍増(ばいぞう)・一切無障礙(いっさいむしょうげ)の御祈念(ごきねん)をするならば、総本山(そうほんざん)(だい)26世日(にち)(かん)上人(しょうにん)が『観(かん)心本尊抄(じんのほんぞんしょう)文段(もんだん)』に、
「この本尊
(ほんぞん)の功徳(くどく)、無量(むりょう)無辺(むへん)にして広大(こうだい)深遠(じんのん)(じんのん)の妙用(みょうゆう)あり。故(ゆえ)に暫(しばら)くもこの本尊(ほんぞん)を信(しん)じて南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)と唱(とな)うれば、則(すなわ)ち祈(いの)りとして叶(かな)わざるなく、罪(つみ)として滅(めつ)せざるなく、福(ふく)として来(きた)らざるなく、理()として顕(あらわ)れざるなきなり」(文段集(もんだんしゅう)443頁(ぺいじ)ページ)と仰(おお)せのように、私達(わたしたち)の過去(かこ)()から現在(げんざい)に至(いた)る無量(むりょう)の罪業(ざいごう)も、一切(いっさい)、皆(みな)、消滅(しょうめつ)し、現在(げんざい)・未来(みらい)の所願(しょがん)ないし広宣(こうせん)流布(るふ)の大願(だいがん)も成就(じょうじゅ)するのです。

 また、御開扉
(ごかいひ)のことを内拝(ないはい)とも称(しょう)しますが、それは本門(ほんもん)戒壇(かいだん)の大(だい)御本尊(ごほんぞん)(さま)を内々(ないない)に拝(はい)するからです。それは、本門(ほんもん)戒壇(かいだん)の大(だい)御本尊(ごほんぞん)(さま)は、一般(いっぱん)に向()けて公開(こうかい)されているものではなく、広宣(こうせん)流布(るふ)の暁(あかつき)まで厳重(げんじゅう)に守(まも)り秘()(ぞう)するという意味(いみ)からです。
 従
(したが)って、本来(ほんらい)は御信徒(ごしんと)といえども本門(ほんもん)戒壇(かいだん)の大(だい)御本尊(ごほんぞん)を遥拝(ようはい)の形(かたち)で礼拝(らいはい)すべきものとされています。客(きゃく)殿(でん)の丑寅(うしとら)勤行後(ごんぎょうご)、引()き続(つづ)き入口(いりぐち)(よこ)の遙拝所(ようはいしょ)で猊下(げいか)(さま)が勤行(ごんぎょう)をされますが、「ガラス越()しに何(なに)を拝(おが)まれているのだろう?」と思(おも)われる方(かt)もいらっしゃると思(おも)います。
 あそこの延長
(えんちょう)線上(せんじょう)には、御宝蔵(ごほうぞう)があり、その奧(おく)には、奉安堂(ほうあんどう)の本門(ほんもん)戒壇(かいだん)の大(だい)御本尊(ごほんぞん)(さま)があります。毎朝(まいあさ)、本門(ほんもん)戒壇(かいだん)の大(だい)御本尊(ごほんぞん)(さま)、御宝蔵(ごほうぞう)に仕舞(しま)われた御本尊様(さま)に猊下(げいか)(さま)は手()を合()わせていらっしゃるのです

 奉安堂
(ほうあんどう)での御開扉(ごかいひ)は、読経(どきょう)(しょう)(だい)の最後(さいご)に、御法上人猊下(ごほっすしょうにんげいか)より大(だい)御本尊(ごほんぞん)への御報恩謝(ごほうおんしゃ)(とく)と、参詣(さんけい)各位(かくい)の無始以来謗法(むしいらいほうぼう)罪障(ざいしょう)消滅(しょうめつ)を始(はじ)めとする御祈念(ごきねん)をなされた旨(むね)のお言葉(ことば)を賜(たま)わります。
 様々
(さまざま)な悩(なや)みをかかえて、登山(とざん)参詣(さんけい)を決意(けつい)される方(かた)もあるかと思(おも)いますが、私(わたし)たちが遭遇(そうぐう)する悩(なや)みの、その主(しゅ)たる原因(げんいん)を突()き詰()めていけば、我々(われわれ)自身(じしん)の過去遠々劫(かこおんのんごう)よりの謗法(ほうぼう)こそが最大(さいだい)の原因(げんいん)であることを知()らなければなりません。それは大聖人(だいしょうにん)(さま)が御書(ごしょ)の各処(かくしょ)に仰(おお)せられていることで、例(たと)えば『呵責謗法滅罪抄(かしゃくほうぼうめつざいしょう)』には、
 「日蓮
(にちれん)は法華経(ほけきょう)の明鏡(めいきょう)をもて自身(じしん)に引()き向()かへたるに都(すべ)(すべ)てくもりなし。過去(かこ)の謗法(ほうぼう)の我()が身()にある事疑(じうたが)ひなし。此()の罪(つみ)を今生(こんじょう)に消()さずば未()(らい)に争(いか)(いか)でか地獄(じごく)の苦()をば免(まぬか)(まぬか)るべき」(新編(しんぺん)712頁(ぺいじ)
とあります。
 この御文
(ごもん)は大聖人(だいしょうにん)ご自身(じしん)についての仰(おお)せのようですが、
末法(まっぽう)我々(われわれ)一切(いっさい)衆生(しゅじょう)も、過去(かこ)()よりの謗法(ほうぼう)罪障(ざいしょう)深重(じんじゅう)であることを指摘(してき)された御文(ごもん)なのです。つまり正法(しょうほう)誹謗(ひぼう)したり、もしくは(しん)じなかった人々が、この末法(まっぽう)()まれてきているのです。

 
御開扉(ごかいひ)(だれ)でもが(ねが)って(かな)えられたのではなく、登山(とざん)してきた篤信(とくしん)信徒(しんと)(たい)して、御法主(ごほっす)上人(しょうにん)格別(かくべつ)御慈悲(ごじひ)により、(だい)御本尊(ごほんぞん)御内拝(ごないはい)(ゆる)されたのです。()(なか)謗法(ほうぼう)(ひと)がまだ(おお)く、広宣(こうせん)流布(るふ)途上(とじょう)である(あいだ)は、本門(ほんもん)戒壇(かいだん)(だい)御本尊(ごほんぞん)公開(こうかい)されません。それゆえお(しきみ)(はな)香水(こうすい)のお給仕(きゅうじ)もされずに、御宝蔵(ごほうぞう)厳護(げんご)された(かたち)となっているのです。そこで登山者(とざんしゃ)(とく)(ねが)()て、猊下(げいか)御慈悲(ごじひ)(たま)わり、(だい)御本尊(ごほんぞん)(おさ)められている御宝蔵(ごほうぞう)(とびら)(ひら)いて大導師(だいどうし)(いただ)意味(いみ)から、御開扉(ごかいひ)()われているのです。ゆえに御開扉(ごかいひ)手続(てつづ)きは、(かなら)所属(しょぞく)寺院(じいん)である末寺(まつじ)()て、(ねが)()るよう厳重(げんじゅう)になされるのは(むかし)(いま)()わりません。
 
(わたし)たちは内拝(うちはい)(かな)()福徳(ふくとく)をかみしめ、心から(だい)御本尊(ごほんぞん)御報恩(ごほうおん)感謝申(かんしゃもう)()げるべきです。

 【
(ひと)(だい)御本尊(ごほんぞん)(さま)へお(つれ)れする功徳(くどく)
 
今年(ことし)は12月23(にち)まで法華講(ほけこう)50(まん)総登山(そうとざん)実施(じっし)されますが、その(なか)でも一番(いちばん)大切(たいせつ)なのが7月26日に開催(かいさい)される7(まん)千名(せんめい)大結集(だいけっしゅう)総会(そうかい)登山(とざん)ですが、50万総登山(そうとざん)大事(だいじ)登山(とざん)です。
 総本山(そうほんざん)登山(とざん)参詣(さんけい)するときの気持(きも)ちは、本当(ほんとう)物見(ものみ)遊山(ゆさん)気持(きも)ちで()くものではなく、自分(じぶん)自身(じしん)過去(かこ)()からの罪障(ざいしょう)消滅(しょうめつ)(ねが)うとともに、未来(みらい)広宣(こうせん)流布(るふ)(ねが)うことが大切(たいせつ)です。家族(かぞく)(そろ)って信心をされている(かた)(なか)に、自分(じぶん)だけが登山(とざん)すれば()いと(おも)っている(かた)もおりますが、家族(かぞく)全員(ぜんいん)(そろ)って御登山(ごとざん)し、本門(ほんもん)戒壇(かいだん)(だい)御本尊(ほんぞん)(さま)にお目通(めどう)りすることが、一家(いっか)和楽の信心(しんじん)(つなが)って()くのではないかと(おも)います。
 
登山(とざん)功徳(くどく)にしても登山(とざん)する功徳(くどく)(おお)きいですが、登山(とざん)(ひと)(すす)めていく功徳(くどく)(おお)きいのです。

 
江戸(えど)時代(じだい)総本山(そうほんざん)(だい)三十四世(にっ)(しん)上人(しょうにん)(さま)御弟子(おでし)(かく)(りん)日如師(にちにょし)が、仙台(せんだい)において他宗(たしゅう)妨害(ぼうがい)(ひる)むことなく果敢(かかん)布教(ふきょう)(すす)められておられました。そして信()(なか)より寺院(じいん)建立(こんりゅう)(こころざし)とその気運(きうん)(たか)まる(なか)当時(とうじ)は、新寺(しんじ)建立(こんりゅう)禁止(きんし)されていた(ため)に、当時(とうじ)合法的(ごうほうてき)解決(かいけつ)(さく)として、廃寺(はいじ)となっていた登米郡(とめぐん)加賀(かが)()本道寺(ほんどうじ)移転(いてん)復興(ふっこう)準備(じゅんび)(すす)められていました。

 しかし、これに
嫉妬(しっと)した他宗(たしゅう)(そう)役人(やくにん)結託(けったく)し、(かく)(りん)日如師(にちにょし)連行(れんこう)し、その後(そのご)奉行所(ぶぎょうしょ)(さとる)(ばやし)日如師(ひにょし)仙台(せんだい)(わん)網地(あみち)島に(なが)すという暴挙(ぼうきょ)()ました。
 
(にち)如師(にょし)網地(あみじの)(しま)での(きび)しい流罪(るざい)生活(せいかつ)のなかで、島民(とうみん)折伏(しゃくぶく)し、(さら)書状(しょじょう)をもって仙台(せんだい)信徒(しんと)(たち)(はげ)まし(つづ)けました。
 その、
仙台(せんだい)信徒(しんと)()てた手紙(てがみ)(なか)
(ひとつ)未登山(みとざん)(やから)老少(ろうしょう)によらず(ずい)(ぶん)(とり)(たて)(そうらい)て、年々(ねんねん)御登山(ごとざん)願望(がんぼう)成就(じょうじゅ)はたさせ(もう)すべき()登山(とざん)面々(めんめん)より其の方(そのほう)功徳(くどく)広大(こうだい)(そうろう)」(()(よう)9-334(ぺいじ))、
 「
(ひとつ)御本山(ごほんざん)差上(さしあ)(そうろう)風波(かぜなみ)(わた)幾日(いくにち)がかりもさ(そうろう)へば、彼此(あれこれ)物入(ものい)(しま)(わた)(そうろう)金銭(きんせん)(もっ)て、(すこ)しも余慶(よけい)役立(やくた)たす候事(そうろうこと)何人(なんにん)登山(とざん)とても(しま)へは渡海(とかい)無用(むよう)(そうろう)(ただ)書通(しょつう)(もっ)(もう)()らるべく(そうろう)」((どう) 335(ぺいじ))と(おし)えているのです。
 この
書状(しょじょう)意味(いみ)について、(にち)(こう)上人(しょうにん)は、「登山(とざん)せざる(もの)(すす)めて()(ざん)せしめよ、()功徳(くどく)登山者(とざんしゃ)(まさ)る。(しま)(わた)りて()(※日如師(にちにょし)流罪(るざい))を見舞(みまい)金銭(きんせん)(もっ)御登山(ごとざん)費用(ひよう)(おぎな)()訓辞(くんじ)あり。(まこと)有難(ありがた)(こころざし)かな」((どう) 339(ぺいじ))と、(かく)(りん)日如師(にちにょし)登山(とざん)についての指導(しどう)(たた)えられています。

 
無実(むじつ)遠島刑(おんとうけい)赦免(しゃめん)となるまで、(じつ)に27(ねん)という(なが)(きび)しい法難の(すえ)日如師(にちにょし)念願(ねんがん)であった大石寺(たいせきじ)への参詣(さんけい)()たされ、生国(しょうごく)である(いわ)()妙法寺(みょうほうじ)住職(じゅうしょく)として正法(しょうほう)弘通(ぐつう)生涯(しょうがい)(かか)げられました。
 
 また、
東京(とうきょう)妙光寺(みょうこうじ)檀家(だんか)(はなし)に「(こめ)一升(いっしょう)請書(うけしょ)」というのがあります。これは(おんな)()として子供(こども)をおぶり、箱根(はこね)関所(せきしょ)()えて、一升(いっしょう)(こめ)を、正月(しょうがつ)元旦(がんたん)総本山(そうほんざん)御供養(ごくよう)したというものです。(だい)52(せい)日霑(にちでん)上人(しょうにん)は、この奇特(きとく)婦人(ふじん)に「(こめ)一升(いっしょう)請書(うけしょ)」をお(したた)めになられ、その信心(しんじん)にお(こた)えになられたとのことです。

 
宗門(しゅうもん)百年(ひゃくねん)歴史(れきし)には、数々(かずかず)のエピソードがあります。現代(げんだい)()きる私達(わたしたち)は、ともかくも、こうした先人(せんじん)の、営々(えいえい)()(かさ)ねた()(ざん)実践(じっせん)求道(きゅうどう)(しん)があったればこそ、今日(きょう)登山(とざん)参詣(さんけい)があるということを、(けっ)して(わす)れてはなりません。

 
登山(とざん)参加(さんか)したことのある(ひと)は、講中(こうちゅう)(なか)でまだ参加(さんか)したことのない(ひと)に、この登山(とざん)意義(いぎ)についてお(はなし)し、一人(ひとり)でも(おお)くの(かた)をお(さそ)いし、(おお)くの(かた)今年(ことし)の50(まん)総登山(そうとざん)と、7月26日に開催(かいさい)される7(まん)千名(せんめい)大結集(だいけっしゅう)総会(そうかい)登山(とざん)参加(さんか)()しいと(ねが)ってやみません。

        住 職  () (はし)  (どう)  (ほう)  


 
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