ホーム  > 御住職の法話目次  御住職の法話 (第181号)
   
 
 

 常に(つねに)(こころ)折伏(しゃくぶく)(わす)れて四箇(しか)名言(めいげん)(おも)わずば、(こころ)謗法(ほうほう)になるなり】

 
 
四箇(しか)格言(かくげん)について  
 

 今回も、ある女子部の方から、『四箇(しか)格言(かくげん)』について話をして欲しいとのお話しがありましたので、少々お時間を頂戴いたしまして、お話しをさせていただきます。

 『四箇の格言』とは

 四箇の格言とは、大聖人(だいしょうにん)(さま)『建長寺(けんちょうじ)道隆(みちたか)への御状(ごじょう)に、

 「念仏(ねんぶつ)無間(むげん)地獄(じごく)(ごう)禅宗(ぜんしゅう)天魔(てんま)所為(しょい)真言(しんごん)亡国(ぼうこく)悪法(あくほう)律宗(りっしゅう)国賊(こくぞく)(もう)(せつ)」(新編三七五頁)
(おお)せになられた、『法華経(ほけきょう)(おし)えに(もと)づく大聖人(だいせいじん)御一代(ごいちだい)御化(ごけ)(どう)そのものであり、また滅後(めつご)における宗門(しゅうもん)折伏(しゃくぶく)根本(こんぽん)精神(せいしん)であります。

 所謂(いわゆる)大聖人(だいしょうにん)(さま)は「念仏(ねんぶつ)無間(むげん)(ぜん)天魔(てんま)・真言亡国・律国賊」とされ、四宗の邪義を簡潔に破折した言葉なのです。歴史の教科書に出てくるほど、世間一般でも『立正安国論』と並び、広く認知されています。

 これらを以て、一般的には「日蓮は教条主義的だ」「他宗(たしゅう)攻撃(こうげき)することで自宗(じしゅう)(ひろ)めようとした」「無謀(むぼう)」「(とき)権力(けんりょく)()(こう)から歯向(はむ)かった」とする(こえ)(いま)(なお)あるのも事実(じじつ)です。

 また、ここまで簡潔(かんけつ)かつ強烈(きょうれつ)破折(はしゃく)された、僧侶(そうりょ)信徒(しんと)にとっては心中(しんちゅう)(おだ)やかでない(こと)当然(とうぜん)であります。

 しかし、ここで(おも)いがいたらなければならないのが、大聖人(だいしょうにん)(さま)出家(しゅっけ)動機(どうき)であります。

 大聖人(だいしょうにん)幼少期(ようしょうき)(めい)(ぜん)(にち)麿(まろ)という)、世間(せけん)においては悲惨(ひさん)事件(じけん)相次(あいつ)ぎ、大風雨(だいふうう)(かん)ばつなどの天災(てんさい)によって大飢饉(だいききん)発生(はっせい)し、世情(せじょう)不安(ふあん)(つの)るばかりでした。(ぜん)(にち)麿(まろ)は、これら数々(かずかず)凶相(きょうそう)(なに)によるのかという疑問(ぎもん)()つに(いた)り、これらの社会(しゃかい)混乱(こんらん)解決(かいけつ)するため、(てん)(ぷく)元年(がんねん)(1233)、十二歳(じゅうにさい)(とき)日本(にほん)第一(だいいち)智者(ちしゃ)」となるために学問(がくもん)(こころざ)して、小湊(こみなと)にほど(ちか)清澄寺(せいちょうじ)(どう)善房(ぜんぼう)のもとへ入門(にゅうもん)されました。入門後(にゅうもんご)(ぜん)(にち)麿(まろ)は、(おも)兄弟子(あにでし)(じょう)顕房(けんぼう)義浄房(ぎじょうぼう)二人(ふたり)から、一般的(いっぱんてき)教養(きょうよう)仏典(ぶってん)中心(ちゅうしん)とした()()きを(まな)び、生来(せいらい)才能(さいのう)求道(きゅうどう)(しん)によって、その()()(ふか)めていきました。

 このようななかで、入門(にゅうもん)以前(いぜん)からの疑問(ぎもん)大聖人(だいしょうにん)(さま)心中(しんちゅう)次第(しだい)明確(めいかく)(かたち)となって(あらわ)れてきました。

 その(ひと)つは、承久(じょうきゅう)(らん)において、天皇方(てんのうがた)鎮護(ちんご)国家(こっか)標榜(ひょうぼう)する天台(てんだい)真言(しんごん)(など)高僧(こうそう)により、調伏(ちょうぶく)祈祷(きとう)をあらんかぎり()くしたにもかかわらず惨敗(ざんぱい)し、(さん)上皇(じょうこう)島流(しまなが)しに(しょ)せられてしまったのは()()か。

 (ふた)つには、安房(あわ)地方(ちほう)念仏(ねんぶつ)(とな)える行者(ぎょうじゃ)臨終(りんじゅう)苦悶(くもん)姿(すがた)悪相(あくそう)(げん)じたのは()()か。

 (みっ)つには、釈尊(しゃくそん)()いた(おし)えが各宗(かくしゅう)()かれ、それぞれ優越性(ゆうえつせい)主張(しゅちょう)しているが、釈尊(しゃくそん)本意(ほんい)はただの(ひと)つなのではないか、というものでした。

 (ぜん)(にち)麿(まろ)十六歳(じゅうろくさい)のとき、(まえ)疑問(ぎもん)解決(かいけつ)仏法(ぶっぽう)真髄(しんずい)(きわ)めるために出家(しゅっけ)得度(とくど)し、()()(しょう)(しょう))房(れん)(ちょう)(あらた)め、日々(ひび)修行(しゅぎょう)精進(しょうじん)し、昼夜(ちゅうや)()かたず研学(けんがく)(はげ)まれました。

 そして二年後(にねんご)(はる)清澄寺(せいちょうじ)所蔵(しょぞう)経巻(きょうかん)典籍(てんせき)をことごとく()()くした(れん)(ちょう)は、さらに(ふか)研鑽(けんさん)(こころざし)(いだ)いて、諸国(しょこく)遊学(ゆうがく)(たび)()たれました。この遊学(ゆうがく)後年(こうねん)

鎌倉(かまくら)(きょう)叡山(えいざん)園城寺(えんじょうじ)高野(たかの)天王寺(てんのうじ)(など)国々寺々(くにぐにてらでら)あらあら(なら)(まわ)(そうら)ひし(ほど)云々(うんぬん)」(『妙法(みょうほう)比丘尼(びくに)御返事(ごへんじ)』 新編一二五八頁)

()べられているように、(おお)くの仏典(ぶってん)書籍(しょせき)(もと)め、政治(せいじ)経済(けいざい)中心地(ちゅうしんち)であった鎌倉(かまくら)や、当時(とうじ)仏教(ぶっきょう)中心地(ちゅうしんち)ともいうべき比叡山(ひえいざん)延暦寺(えんりゃくじ)をはじめとする古刹(こさつ)歴訪(れきほう)される(たび)で、それは十四年間(じゅうよんねんかん)にもわたりました。

 このような(なが)修学(しゅうがく)のなかで会得(えとく)されたことは、

(いち)には諸宗(しょしゅう)釈尊(しゃくそん)本義(ほんぎ)(そむ)き、すべての(わざわ)いの根元(こんげん)であるということ、()には末法(まっぽう)(ひろ)めるべき法は法華経(ほけきょう)肝心(かんじん)たる妙法(みょうほう)五字(ごじ)であり、自身(じしん)こそ、この要法(ようほう)をもって末法濁(まっぽうじょく)(あく)()救済(きゅうさい)する「地涌上(じゆうじょう)(ぎょう)菩薩(ぼさつ)再誕(さいたん)」であるとの自覚(じかく)でした。

 日蓮(にちれん)大聖人(だいしょうにん)御生涯(ごしょうがい)は、立宗(りっしゅう)宣言(せんげん)以来(いらい)()一切(いっさい)不幸(ふこう)根源(こんげん)である邪宗(じゃしゅう)(じゃ)()との(たたか)いの連続(れんぞく)でした。

 それは、正法(しょうほう)によって人々(ひとびと)救済(きゅうさい)するためには、その大前提(だいぜんてい)として、まず正法(しょうほう)違背(いはい)する邪宗(じゃしゅう)(きょう)(はい)さなくてはならないからです。

 ゆえに、

日蓮(にちれん)()ぬる文応元年(がんねん)(ころ)(かん)へたるの(しょ)立正安(りっしょうあん)国論(こくろん)()づけ、宿屋(やどや)入道(にゅうどう)(もっ)故最明寺(こさいみょうじ)殿(どの)(たてまつ)りぬ。()(しょ)所詮(しょせん)は、念仏(ねんぶつ)真言(しんごん)(ぜん)(りつ)(とう)悪法(あくほう)(しん)ずる故に(ゆえに)天下(てんか)災難(さいなん)(しき)りに()こり、(あまつさ)へ他(くに)より()(くに)()めらるべきの由之(よしこれ)(かんが)へたり」(『建長寺(けんちょうじ)道隆(どうりゅう)への書状(しょじょう)』新編三七五頁)

 「一乗(いちじょう)流布(るふ)(だい)(とき)(ごん)(きょう)()って(てき)()る。まぎ(紛)らはしくば(じっ)(きょう)より(これ)()むべし。(これ)(しょう)(しゃく)修行(しゅぎょう)(なか)には法華(ほっけ)折伏(しゃくぶく)(もう)すなり」(新編六七二頁)

 「年(とし)三十二(さんじゅうに)(けん)(ちょう)五年(ごねん)(はる)(ころ)より念仏(ねんぶつ)(しゅう)禅宗(ぜんしゅう)()とをせめはじめて、(あと)真言宗(しんごんしゅう)()をせむる」(新編一〇七八頁)

(おお)せのとおり、立宗(りっしゅう)以来(いらい)当時(とうじ)流行(りゅうこう)していた念仏(ねんぶつ)(ぜん)真言(しんごん)()諸宗(しょしゅう)次々(つぎつぎ)破折(はしゃく)していかれたのです。

 『四箇(しか)格言(かくげん)()は、あくまでも御本仏(ごほんぶつ)としての慈悲(じひ)()()いであることを、我々(われわれ)()らなければなりません。

 念仏(浄土宗・浄土真宗・融通念仏宗等は無間地獄の業

 はじめの「念仏(ねんぶつ)無間(むげん)地獄(じごく)(ごう)」とは、(ほう)(ねん)中心(ちゅうしん)とする念仏宗(ねんぶつしゅう)所行(しょぎょう)が、まさに無間(むげん)地獄(じごく)悪業(あくごう)であることをいいます。(ほう)(ねん)は、浄土(じょうど)三部(さんぶ)(きょう)()(きょう)として()法華経(ほけきょう)()を「()てよ・()じよ・(さしお)け・(なげう)て」と(さげす)み、娑婆(しゃば)世界(せかい)(えん)のない西方(せいほう)極楽(ごくらく)浄土(じょうど)阿弥陀仏(あみだぶつ)本尊(ほんぞん)とし、往生(おうじょう)のために称名(しょうみょう)念仏(ねんぶつ)(ぎょう)()きました。

 これに(たい)して日蓮(にちれん)大聖人(だいしょうにん)は「捨閉閣抛(しゃへいかくほう)」の()正法(しょうほう)誹謗(ひぼう)する邪説(じゃせつ)であり、娑婆(しゃば)世界(せかい)無縁(むえん)である阿弥陀仏(あみだぶつ)執着(しゅうちゃく)する念仏宗(ねんぶつしゅう)(おし)えは、無間(むげん)地獄(じごく)(ごう)であると(だん)じられています。

 これは諸仏(しょぶつ)本懐(ほんかい)たる()法華経(ほけきょう)()誹謗(ひぼう)し、娑婆(しゃば)世界(せかい)主師(しゅし)(しん)である教主(きょうしゅ)釈尊(しゃくそん)()てる大罪(だいざい)であり、また「法華経(ほけきょう)行者(ぎょうじゃ)」、すなわち末法(まっぽう)出現(しゅつげん)御本仏(ごほんぶつ)日蓮(にちれん)大聖人(だいしょうにん)大慈悲(だいじひ)(そむ)くものです。このため大聖人(だいしょうにん)は、念仏(ねんぶつ)をもって無間(むげん)地獄(じごく)()ちることが必定(ひつじょう)であると喝破(かっぱ)されたのです。

 禅宗(臨済宗・曹洞宗・普化宗・黄檗宗等)は天魔の所為

 (つぎ)に「禅宗(ぜんしゅう)天魔(てんま)所為(しょい)」とは、中国(ちゅうごく)伝来(でんらい)達摩(だるま)()とする禅宗(ぜんしゅう)行業(ぎょうごう)が、第六天(だいろくてん)魔王(まおう)所業(しょぎょう)であることをいいます。禅宗(ぜんしゅう)では()問仏決疑(もんぶつけつぎ)(きょう)()根拠(こんきょ)に、()法華経(ほけきょう)()(とう)(つき)をさす(ゆび)(した)し、真実(しんじつ)(おし)えは文字(もじ)()てず(不立(ふりゅう)文字(もんじ))、(おし)えの(ほか)摩訶(まか)迦葉(かしょう)(べつ)(つた)えた(教外(きょうげ)別伝(べつでん))として「以心伝心(いしんでんしん)」「(そく)(しん)是仏(ぜふつ)」を主張(しゅちょう)します。しかしこれは中国(ちゅうごく)(つく)られた偽経(ぎきょう)であり、しかもこれを根拠(こんきょ)とするのは、自語(じご)相違(そうい)です。()涅槃経(ねはんぎょう)()に、 「(ふつ)所説(しょせつ)(したが)わざる(もの)()らば、当に(まさ)()るべし、(これ)()眷属(けんぞく)なり」

とあるように、仏説(ぶっせつ)()()り、(みずか)ら「(そく)(しん)是仏(ぜふつ)」と(おご)(たか)ぶる禅宗(ぜんしゅう)は、まさに仏法(ぶっぽう)破壊(はかい)第六天(だいろくてん)魔王(まおう)(だん)ぜられるのです。

 大聖人(だいしょうにん)(さま)

(ほとけ)(まった)教外(きょうがい)別伝(べつでん)ありとは(おお)せられず。()しありといはば外道(げどう)(ほう)なるべし、天魔(てんま)所説(しょせつ)正法(しょうほう)破滅(はめつ)(みなもと)なり」(『禅宗天台勝劣抄(ぜんしゅうてんだいしょうれつしょう)』 新編三三三頁)

(おお)せられ、禅(しゅう)仏教(ぶっきょう)(なか)にも(はい)らない天魔(てんま)(せつ)であると教示(きょうじ)されています。

 真言(しんごん)亡国(ぼうこく)悪法(あくほう)

 第三(だいさん)の「真言(しんごん)亡国(ぼうこく)悪法(あくほう)」とは、天台(てんだい)真言(しんごん)密教(みっきょう)が、亡国(ぼうこく)悪法(あくほう)であることをいいます。真言宗(しんごんしゅう)は、真言(しんごん)三部(さんぶ)(きょう)大日経(だいにちきょう)金剛(こんごう)(ちょう)(きょう)蘇悉地(そしっち)(きょう))を()(きょう)としこれを第一(だいいち)として法華経(ほけきょう)第三(だいさん)()(ろん)(した)し、また大日如来(だいにちにょらい)最上(さいじょう)本尊(ほんぞん)()て、鎮護(ちんご)国家(こっか)(いの)っています。

 さらに「法華経(ほっけきょう)」に()かれる一念三千(いちねんさんぜん)法門(ほうもん)が、「大日経(だいにちきょう)」にも()かれているとし、その()(おな)じであっても大日経(だいにちきょう)には(いん)真言(しんごん)()かれているから、事相(じそう)のうえでは大日経(だいにちきょう)法華経(ほけきょう)より(すぐ)れている(()同事(どうじ)(しょう))などと主張(しゅちょう)しています。

 しかし大聖人(だいしょうにん)は、大日如来(だいにちにょらい)生国(しょうごく)不明(ふめい)架空(かくう)(ほとけ)であり、「()同事(どうじ)(しょう)」の(せつ)も、もともと大日経(だいにちきょう)には()かれていない一念(いちねん)三千(さんぜん)()法華経(ほけきょう)より(ぬす)(とっ)ったに()ぎないこと、最上(さいじょう)法華経(ほけきょう)第三(だいさん)戯論(ぎろん)(くだ)していることなどを()げて、真言宗(しんごんしゅう)衆生(しゅじょう)救済(きゅうさい)根本(こんぽん)である(ほとけ)(ほう)(たお)(おし)えであり、このような本末(ほんまつ)転倒(てんとう)教法(きょうほう)国家(こっか)祈祷(きとう)するゆえに「真言(しんごん)亡国(ぼうこく)」と(だん)ぜられたのです。


 律宗(唐招提寺等)は国賊の妄説

 最後(さいご)の「律宗(りっしゅう)国賊(こくぞく)妄説(もうせつ)」とは、(りょう)(かん)のように、小乗(しょうじょう)(きょう)二百五(にひゃくご)十戒(じゅっかい)などの戒律(かいりつ)(むね)とし、()尊信(そんしん)(あつ)めて国師(こくし)(よそお)律宗(りっしゅう)所説(しょせつ)が、国賊(こくぞく)妄説(もうせつ)であることをいいます。

 これに(たい)日蓮(にちれん)大聖人(だいしょうにん)は、これらの戒律(かいりつ)末法(まっぽう)衆生(しゅじょう)()(こん)には()わないものであり、現実(げんじつ)から遊離(ゆうり)した世間誑惑(せけんおうわく)(おし)えであると破折(はしゃく)されています。

 そして、このような戒律(かいりつ)()いて清浄(しょうじょう)(よそお)(りつ)(そう)人心(じんしん)(まど)わし、(くに)(ほろ)ぼす国賊(こくぞく)であると喝破(かっぱ)されています。もとより末法(まっぽう)(ばん)(かい)(おさ)めた妙法受持(みょうほうじゅじ)(みょう)(かい)のみであり、爾前迹門(にぜんしゃくもん)諸戒(しょかい)はかえって有害(ゆうがい)となるのです。故に(ゆえに)小乗(しょうじょう)(きょう)戒律(かいりつ)(もっ)て、清浄(しょうじょう)国師(こくし)(よそお)律師(りつし)は、まさに「国賊(こくぞく)」と(だん)ぜられるのです。

 四箇の格言こそ万代に渡る折伏精神

 これら『四箇(しか)格言(かくげん)()は、破邪(はじゃ)顕正(けんしょう)正法(しょうほう)弘通(ぐつう)(わす)れてはならない伝統法(でんとうほう)()です。日蓮(にちれん)大聖人(だいしょうにん)御本仏(ごほんぶつ)として仏法(ぶっぽう)(ごく)()にもとづいて、宗教(しゅうきょう)正邪(せいじゃ)(ただ)しく見極(みきわ)め、最勝(さいしょう)最善(さいぜん)正法(しょうほう)信受(しんじゅ)すべき(こと)(おし)えられました。(わたし)たちは、大聖人(だいしょうにん)大慈悲(だいじひ)(たい)し、この「四箇(しか)格言(かくげん)」に()られるような(あやま)った信仰(しんこう)思想(しそう)(たも)(ひと)たちを、折伏(しゃくぶく)再折伏(さいしゃくぶく)していくことが大切(たいせつ)です。

 これらの四箇(しか)格言(かくげん)は、万代(ばんだい)にわたる折伏(しゃくぶく)精神(せいしん)であり、第二十六(だいにじゅうろく)(せい)(にち)(かん)上人(しょうにん)は、

(つね)(こころ)折伏(しゃくぶく)(わす)れて四箇(しか)名言(めいげん)(おも)わずんば、(こころ)謗法(ほうぼう)になるなり」(如説(にょせつ)修行(しゅぎょう)(しょう)筆記(ひっき) 文段608頁)

(おお)せられています。

 念仏(ねんぶつ)(ぜん)真言(しんごん)律宗(りっしゅう)のみならず、日蓮(にちれん)大聖人(だいしょうにん)正法(しょうほう)以外(いがい)宗旨(しゅうし)では、絶対(ぜったい)(だれ)一人(ひとり)成仏(じょうぶつ)も、(しあわ)せもない(こと)()らねばなりません。

 念仏(ねんぶつ)思想(しそう)(ぜん)思想(しそう)真言(しんごん)思想(しそう)、みんな大聖人(だいしょうにん)(さま)御指南(ごしなん)(とお)(あやま)っている(かたち)が、仏法(ぶっぽう)(うえ)()いていろいろあるのです。その(あやま)った(かたち)が、僧侶(そうりょ)(つう)じて信徒(しんと)(ほう)(つた)わりながら国民の思想(しそう)(なか)(なが)れているのです。

 どんな(わる)(こと)をしても、誤魔化(ごまか)せばいいと()うのは真言の思想(しそう)です。自分勝手(じぶんかって)に、仏法(ぶっぽう)根本(こんぽん)である法華経(ほけきょう)(おし)えを(ぬす)んできて真言(しんごん)につけたというところから()ています。

 それから禅宗(ぜんしゅう)は「教典(きょうてん)()らない()(こころ)(ほとけ)だ」と(おし)えます。これでは、(ひと)(はなし)(おし)えも()かない、(たと)間違(まちが)っていても自分(じぶん)(しん)じることをやるんだという、我見(われけん)我意(がい)思想(しそう)になってしまいます。

 念仏(ねんぶつ)念仏(ねんぶつ)自分(じぶん)自身(じしん)()(かた)が、もうこの国土(こくど)穢土(えど)で、この国土(こくど)(はや)(すて)てて西方(さいほう)極楽(ごくらく)十万(じゅうまん)億土(のくど)()くという意味(いみ)からすると、(いま)社会(しゃかい)思想(しそう)からも、(まった)(はん)してしまいます。

 やはりなんとしても、どんな(つら)(こと)があろうと(くる)しい(こと)があろうと頑張(がんば)って、この我々(われわれ)()んでいる国土(こくど)(ただ)しく(しあわ)せにしていこうというのが法華経(ほけきょう)精神(せいしん)です。これと反対(はんたい)なのが念仏(ねんぶつ)南無(なむ)阿弥陀仏(あみだぶつ)念仏(ねんぶつ)(おし)えで、(はや)(わる)()(なか)()ててあっちの西方(さいほう)極楽(ごくらく)浄土(じょうど)()って(すく)われようとする思想(しそう)、これは(まった)自分(じぶん)自身(じしん)否定(ひてい)する(かんが)(かた)(おちい)ってしまいます。

 私達(わたしたち)御本尊(ごほんぞん)(さま)(しん)じ、あくまでお題目(だいもく)(とな)えていくという(こと)は、自分(じぶん)自身(じしん)(いのち)(なか)の、本当(ほんとう)(すぐ)れた(ぶつ)自分(じぶん)信心(しんじん)によってどこまでも(あら)われていくという(こと)なのです。自分(じぶん)自身(じしん)(ほう)(ちから)()って、仏力法力(ぶつりきほうりき)()ける(こと)によって、自分(じぶん)自身(じしん)(しん)力行力(りきぎょうりき)とこの(よっ)つの(ちから)一緒(いっしょ)になれば(かなら)(しあわ)せになる、その(うえ)から精進(しょうじん)するところに意味(いみ)があるのです。法華経(ほけきょう)以外(いがい)念仏(ねんぶつ)(ぜん)などみんな思想的(しそうてき)(おし)えが間違(まちが)っているのです。その(おし)えが間違(まちが)っている(こと)は、全部(ぜんぶ)国民(こくみん)生活(せいかつ)思想(しそう)の、(すべ)事相(じそう)(なか)に、いろいろな(かんが)(かた)定着(ていちゃく)しているのです。だから、無差別(むさべつ)殺人(さつじん)肉親(にくしん)殺害(さつがい)拝金(はいきん)主義(しゅぎ)など、()(なか)思想(しそう)(みだ)れ、道義(どうぎ)退廃(たいはい)しているというのは、宗教(しゅうきょう)間違(まちが)っている姿(すがた)がそのまま存在(そんざい)しているからなのです。

 日蓮(にちれん)大聖人(だいしょうにん)四箇(しか)格言(かくげん)今日(こんにち)になお()きているのです。

 『四箇の格言』を否定した池田・創価学会

 あの平成(へいせい)二年(にねん)の一一・一六の大作(たいさく)のスピーチの(なか)に、

 「平和(へいわ)運動(うんどう)(ただ)しいんです。文化(ぶんか)運動(うんどう)(ただ)しいんです。(おお)いにやりましょう。それがなかったならば、(なに)やってきゃ、どうしたら折伏(しゃくぶく)出来(でき)るか。そうでしょう。ただ朝起(あさお)きて、『真言(しんごん)亡国(ぼうこく)(ぜん)天魔(てんま)』。(笑い)(ほう)()げるだけでしょう」

という発言(はつげん)がありました。これは(あき)らかに、四箇(しか)格言(かくげん)冒涜(ぼうとく)であります。大作(たいさく)は、大聖人(だいしょうにん)四箇(しか)格言(かくげん)を、かつて(わら)(はなし)のネタにしたのです。

 この大作(だいさく)発言(はつげん)間違(まちが)っていることは、『立正安(りっしょうあん)国論(こくろん)()正義(しょうぎ)顕揚(けんよう)七百五十年(ななひゃくごじゅうねん)(むか)えようとする今日(きょう)においても、まだ世間(せけん)邪宗(じゃしゅう)蔓延(まんえん)していることに(あき)らかであります。しかるに大作(たいさく)は、四箇(しか)格言(かくげん)(しん)()無視(むし)し、折伏(しゃくぶく)できないなどと、あろうことか大聖人(だいしょうにん)(わら)いものにしました。(ゆる)すべからざる()敵対(てきたい)大謗法(だいほうぼう)でした。

 これに(たい)し、宗門(しゅうもん)は「大聖人(だいしょうにん)(ごん)(じつ)相対(そうたい)(ほう)()違背(いはい)したものである」と即座(そくざ)指摘(してき)し、(あらた)めるように指導(しどう)をしました。ところが、池田(いけだ)大作(だいさく)は、「四箇(しか)格言(かくげん)(すこ)しも否定(ひてい)しておらず、(中略(ちゅうりゃく)()大聖人(だいしょうにん)教判(きょうはん)(なみ)(ごん)(じつ)相対(そうたい)(ほう)()違背(いはい)したという断定(だんてい)は、(まった)くの(まと)はずれなものと()わざるをえません』」と返答(へんとう)をしました。また、ご丁寧(ていねい)にも、「平成(へいせい)(ねん)十二(がつ)教学(きょうがく)試験(しけん)でも四箇(しか)格言(かくげん)出題(しゅつだい)し、理解(りかい)徹底(てってい)(つと)めている」とまで回答(かいとう)をしていたのです。

 あわせて、(しゅう)務院(つとむいん)は、「親鸞(しんらん)(した)しみやすく、大聖人(だいしょうにん)は強いイメージがあり、これではこれからの折伏(しゃくぶく)出来(でき)ない」・「親鸞(しんらん)のイメージのごとき(した)しみがこれからの折伏(しゃくぶく)条件(じょうけん)」という池田(いけだ)大作(だいさく)発言(はつげん)(つた)()き、池田(いけだ)大作(だいさく)勝手(かって)日蓮(にちれん)大聖人(だいしょうにん)(かん)であり、私的(してき)法門(ほうもん)池田(いけだ)(きょう)である、と指摘(してき)しました。これには、「悪意(あくい)にみちた(おとしい)れ」であると反論(はんろん)をしてきました。

 ともかく、平成(へいせい)(ねん)十一月に(しゅう)務院(むいん)から、「あなたの発言(はつげん)は、日蓮(にちれん)大聖人(だいしょうにん)(さま)(おし)えに(そむ)大謗(だいほう)(ぼう)である」と指摘(してき)された(とき)には、「(けっ)してそんなことはありません。御宗門(ごしゅうもん)誤解(ごかい)です」といいわけに終始(しゅうし)していたのです。

 (わたし)自身(じしん)池田(いけだ)スピーチ(すぴーち)内容(ないよう)()るにつけ、「なぜ、大作(だいさく)はこういう発言(はつげん)突然(とつぜん)したのか?」という素朴(そぼく)疑問(ぎもん)があったのですが、かつて、(にっ)(けん)上人(しょうにん)小僧(こぞう)さんに(たい)する御指南(ごしなん)(なか)で、これらのいきさつがわかりました。

 

大作(たいさく)問題(もんだい)発言(はつげん)をする(まえ)(にっ)(けん)上人(しょうにん) お目通(おめどお)りした(さい)、「念仏(ねんぶつ)無間(むげん)(ぜん)天魔(てんま)真言(し   んごん)亡国(ぼうこく)(りつ)国賊(こくぞく)、こんなこと()ったら、(いま)(わら)わ  れます」と発言(はつげん)

(にっ)(けん)上人(しょうにん)は「そんな(こと)はない。大聖人(だいしょうにん)(さま)   法(ほう)絶対(ぜったい)に、もうずっと()わることはない。」「世間(せけん)では他 宗(たしゅう)影響(えいきょう)で、思想的(しそうてき)間違(まちが)った姿(すがた)がでているし ょう?」と御指南(ごしなん)されるも一言(ひとこと)(はっ)せず。

大作(だいさく)(かえ)(さい)主任(しゅにん)理事(りじ)さんへ「さっき猊下(げいか) 私(わたし)言葉(ことば)反論(はんろん)されましたけどね、それで()うと喧嘩(けん    か)になりますからね。」と発言(はつげん)

 増上慢(ぞうじょうまん)臆病(おくびょう)卑怯(ひきょう)池田(いけだ)大作(だいさく)は、このいきさつをずっと()()っていたが(ため)に、一一・一六のスピーチで猊下(げいか)批判(ひはん)し、()四箇(しか)格言(かくげん)()(わら)いのネタにしたのです。

 平成(へいせい)(ねん)には『四箇(しか)格言(かくげん)』の格言(かくげん)否定(ひてい)していませんと、()訳して(やくして)いた学会(がっかい)も、平成(へいせい)一四(ねん)の「大白蓮(だいびゃくれん)()」三月号で()四箇(しか)格言(かくげん)()()(なお)しを提唱(ていしょう)しています。

朝日(あさひ)新聞(しんぶん)十四(ねん)(がつ)十二(にち)夕刊(ゆうかん)』には、

 【浄土(じょうど)(きょう)を「どんな(つか)()衆生(しゅじょう)をも仏界(ぶっかい)生命力(せいめいりょく)(つつ)み、絶対(ぜったい)安心感(あんしんかん)(あた)える」とする。「自力(じりき)のみによる(さと)りの獲得(かくとく)安住(あんじゅう)()く」という「天魔(てんま)」の(ぜん)は「自分(じぶん)(なか)自分(じぶん)変革(へんかく)する(ちから)のあることを(しん)じ、それを実感(じっかん)していける」とした。「呪術(じゅじゅつ)による現世(げんせ)利益(りやく)()護国(ごこく)宗教(しゅうきょう)」の「亡国(ぼうこく)真言(しんごん)」も「現実(げんじつ)変革(へんかく)勇気(ゆうき)をもって邁進(まいしん)していける」存在(そんざい)となった。

 日蓮(にちれん)(はげ)しく()宗派(しゅうは)非難(ひなん)した背景(はいけい)には、新興宗(しんこうしゅう)教団(きょうだん)当時(とうじ)有力(ゆうりょく)教団(きょうだん)迫害(はくがい)した歴史的(れきしてき)背景(はいけい)もある。斎藤(さいとう)()経緯(けいい)をこう説明(せつめい)した。

 「創価学会(そうかがっかい)にも、()たような事情(じじょう)から()宗派(しゅうは)反撃(はんげき)した過去(かこ)がある。しかし、今後(こんご)攻撃(こうげき)されないかぎりは協調(きょうちょう)していきたい。そのために組織内(そしきない)意識(いしき)改革(かいかく)(ねら)った試論(しろん)です。時代(じだい)変化(へんか)無視(むし)して(いま)()『四箇(しか)格言(かくげん)をそのままにしておくことは、かえってこちらが独善的(どくぜんてき)批判(ひはん)されかねませんから」

 いまのところ、伝統(でんとう)教団(きょうだん)反応(はんのう)(ひや)ややかだ。「政治的(せいじてき)ポーズだろう。排他的(はいたてき)体質(たいしつ)()わっていない」との(こえ)(つよ)い。】
()ています。

 要約(ようやく)すると、大白(だいびゃく)蓮華(れんげ)で、大聖人(だいしょうにん)(さま)念仏(ねんぶつ)無間(むげん)とされた念仏(ねんぶつ)(おし)えは「安心感(あんしんかん)がある」とし、(ぜん)天魔(てんま)破折(はしゃく)された禅宗(ぜんしゅう)(おし)えは「自分(じぶん)変革(へんかく)する(ちから)がある」というものになるそうです。また天台(てんだい)一念(いちねん)三千(さんぜん)(ぬす)()り、民衆(みんしゅう)(たぶら)かし真言(しんごん)亡国(ぼうこく)破折(はしゃく)された真言宗(しんごんしゅう)を「勇気(ゆうき)邁進(まいしん)していける」と()()げている。

 さらに、四箇(しか)格言(かくげん)大聖人(だいしょうにん)(さま)()()したのは、当時(とうじ)既成(きせい)宗派(しゅうは)から攻撃(こうげき)()けた(ゆえ)対抗(たいこう)措置(そち)として()()したまでで、大聖人(だいしょうにん)(さま)御本意(ごんほんい)ではなかった、とまでいう。

 日蓮(にちれん)正宗(しょうしゅう)信徒(しんと)から除名(じょめい)され、謗法(ほうぼう)(もの)となった池田(いけだ)大作(だいさく)がいまさら(なに)()おうと別段驚くことでもありませんが、(にち)(かん)上人(しょうにん)をはじめとして日蓮(にちれん)正宗(しょうしゅう)()歴代(れきだい)上人(しょうにん)御本尊(ごほんぞん)(おが)み、日蓮(にちれん)正宗(しょうしゅう)()()化法(けほう)模倣(もほう)している(かぎ)り、富士(ふじ)清流(せいりゅう)とそうではないものを峻別(しゅんべつ)する意味(いみ)でも(あやま)りを指摘(してき)し、ただしていくことが我等(われなど)法華講(ほっけこう)(しゅう)()せられた修行(しゅぎょう)であります。

 立正安国の精神を持て

 仏教(ぶっきょう)では、(あたら)しく宗派(しゅうは)(ひら)く時に教相判釈(きょうそうはんしゃく)(りゃく)して、教判(きょうばん))といい、釈尊(しゃくそん)説法(せっぽう)をその内容(ないよう)によって分類(ぶんるい)し、その(なか)からどれが一番(いちばん)(すぐ)れているかを選定し、自宗(じしゅう)(おし)えの基礎(きそ)とするかが常套(じょうとう)であります。これが()されないと宗派(しゅうは)として成立(せいりつ)しないからです。したがって、どの宗派(しゅうは)宗祖(しゅうそ)()(おし)えや宗派(しゅうは)多少(たしょう)なりとも批判(ひはん)しています。

 大聖人(だいしょうにん)(さま)はその(なか)でも「()地獄(じごく)(おし)え」などと(はげ)しく他宗(たしゅう)破折(はしゃく)されましたので、かつての学会(がっかい)も、激烈(げきれつ)折伏(しゃくぶく)展開(てんかい)していました。

 創価学会(そうかがっかい)強引(ごういん)無慈悲(むじひ)折伏(しゃくぶく)によって、世間(せけん)顰蹙(ひんしゅく)()い、(とうと)(ほう)()げ、(いま)なお(きら)われているのも事実(じじつ)です。学会(がっかい)は、それらを払拭(ふっしょく)しイメージアップを(はか)(ため)に、『四箇(しか)格言(かくげん)邪魔(じゃま)にしたのです。

 (かれ)らは、大聖人(だいしょうにん)教義(きょうぎ)がどうというより、創価学会(そうかがっかい)がどんな手段(しゅだん)()ろうと安泰(あんたい)(ひろ)まって()ければそれでいいというスタンスです。

 こういう(もの)(たい)して大聖人(だいしょうにん)は、

日蓮(にちれん)(もち)ひぬるともあしくうやまはゞ(くに)(ほろ)ぶべし」(新編一〇六六頁)と(おお)せであります。いくら立正(りっしょう)安国(あんこく)(さけ)んでも、こんな(かんが)えでは(くに)(ほろ)んでしまうのです。

 大聖人(だいしょうにん)(さま)末法(まっぽう)御出現(ごしゅつげん)になられた意義(いぎ)(ただ)しく(はい)することが出来(でき)なくなるのが、富士(ふじ)大石寺(たいせきじ)から(はな)れていった者達に共通することであります。池田創価学会も同じ轍を踏んでいます。

 大聖人(だいしょうにん)(さま)鎌倉(かまくら)()にお()ましになられ「南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)」と()子吼(しく)されたのは、久遠(くおん)御本仏(ごほんぶつ)としての御振舞(おふるまい)であります。「四箇(しか)格言(かくげん)」を前面(ぜんめん)(かか)げ、「法華(ほっけ)折伏(しゃくぶく)()権門(ごんもん)()」の大折伏(だいしゃくぶく)展開(てんかい)されたのは、末代(まつだい)(わたし)たちに成仏(じょうぶつ)のための修行(しゅぎょう)(しめ)されたと(はい)することが肝要(かんよう)なのです。

 「四箇(しか)格言(かくげん)」は日蓮(にちれん)大聖人(だいしょうにん)衆生(しゅじょう)救済(きゅうさい)大慈悲(だいじひ)(うえ)から、諸宗(しょしゅう)根本的(こんぽんてき)(じゃ)()をただされたものであります。どこまでも、御本仏(ごほんぶつ)としての御慈悲(ごじひ)なのです。

 大聖人(だいしょうにん)(さま)言動(げんどう)(たい)し、(とき)権力(けんりょく)他宗(たしゅう)(やから)は、闇討(やみう)ち・()()ち・抹殺(まっさつ)・・・といった暴挙(ぼうきょ)()って()ました。大聖人(だいしょうにん)はこれらに(たい)し、報復(ほうふく)処置(しょち)など一切(いっさい)()られませんでした。

 『佐渡(さど)御書(おしょ)()有名(ゆうめい)御文(ごもん)があります。これが真実(しんじつ)(かた)っています。

 日蓮(にちれん)(また)かく()めらるるも 先業(せんごう)なきに(あら)ず。不軽品(ふけいほん)(いわ)く「其罪畢己(ございひっち)」(とう)云々(うんぬん)(中略)(われ)この(たび)御勘気(おんかんき)世間(せけん)(とが)一分(いちぶ)もなし。(ひとえ)先業(せんごう)重罪(じゅうざい)今生(こんじょう)()して(過去(かこ)無始(むし)以来(いらい)からの罪障(ざいしょう)消滅(しょうめつ))、後生(ごしょう)(さん)(あく)(のが)れんずるなるべし』(新編 五八〇頁)

(おお)せになり、(くび)()られようとも、流罪刑(るざいけい)になろうとも、一切(いっさい)(とが)(とき)幕府(ばくふ)政権(せいけん)()宗派(しゅうは)(そう)にはなく、(すべ)ては御自身(ごじしん)罪障(ざいしょう)によるものであるという御文(ごもん)です。そこにこそ、『不軽(ふぎょう)菩薩(ぼさつ)(ぎょう)手本(てほん)とすという、正宗(しょうしゅう)門徒(もんと)としての信仰(しんこう)根幹(こんかん)があるのです。

 われわれは、この大聖人(だいしょうにん)(さま)御慈悲(ごじひ)(むね)とし、また「(わたし)本当(ほんとう)(おし)えを()っている。()らない(もの)(おし)えてやろう。」という慢心(まんしん)()てて、どこまでもその(ひと)(すく)っていくという(おも)いが大切(たいせつ)です。

 日(にち)(かん)上人(しょうにん)が、

 (つね)(こころ)折伏(しゃくぶく)(わす)れて四箇(しか)名言(めいげん)(おも)わずんば、(こころ)謗法(ほうぼう)になるなり」

御指南(ごしなん)になるのも、(しん)()()三業(さんごう)(うえ)から、(かたち)ばかり御題目(おだいもく)(とな)えていても、折伏(しゃくぶく)(わす)れた信仰(しんこう)大聖人(だいしょうにん)(さま)(おし)えではない、謗法(ほうぼう)である、と(われ)末弟(まってい)への警告(けいこく)意味(いみ)でなされたものと拝します。

 住 職   ()   (はし)   (どう)    (ほう)  

 
   
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