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自行化他の修行

第六十七世 日顕上人御指南

(大日蓮 昭和五十八年十一月号 専光山慈本寺 落慶入仏法要の砌)

妙教 2005年3月号より


  人よいうものは色々な姿がございまして、様々な善、悪、幸、不幸というなかにおいて多くの人が生活をしております。 しかも、それは今世一世だけのことであって、死んでしまったならばもはや何もなくなってしまうというように考えておる人が、世の中には非常に多いのでございます。 

しかし仏法の深い因縁、因果の道理から達観するならば、それは今生一生のみでなく、必ず三世にわたるところの業というものが存するのでございまして、この善、悪、幸、不幸の姿は今世のみで尽きることなく未来永劫にわたって、そこに輪のごとく回っていくのであるということが、仏法の基本において説かれておるところでございます。 したがって、深く考えるときには、それぞれの人がその幸せというものの内容を正しく知り、それによって正しいところの道を開いていかねばならないのでございます。

 その場に最も大切なことは、それぞれの志というものであります。 一人ひとりが心をもっており、その心にそれぞれの未来への方向、すなわち志というものがありますが、その志の大小、善悪によって未来がほとんど定まってくるのであります。

大聖人も、そのお言葉のなかに「一切、志によることなり」ということを仰せになり、人々の幸、不幸の元は志ということが根本である、この志によって、小さい心であり、志であるけれども、もしそれが真実(まこと)の道を得るならば実に想像を絶するような大きな功徳となり、結果となるということが、この仏法の意義において説かれておるのでございます。

 皆様も御承知の如く『立正安国論』のなかに、

「汝早く信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ。然れば則ち三界は皆仏国なり、仏国其れ衰へんや。十方は悉く宝土なり、宝土何ぞ壊(やぶ)れんや。国に衰微無くんば身は是安全にして、心は是禅定ならん」

とお示しでございます。 この御文は実に難信難解でございます。 しかしながら、良く仏法の道理を拝するときには、まず第一に、真の仏様が宇宙法界をお悟りになる、その御境界のなかに照らされた宇宙法界の一切はことごとく、この妙法の功徳によって直ちに仏国であり、直ちに浄土であるのでございます。

 ところが、そのなかに各々の因縁、果報の姿がまた存在いたしましておるのでありまして、なかには地獄、餓鬼、畜生、あるいは修羅、人間界等のなかに沈淪(ちんりん)して、その全体の法を示すところの妙法蓮華経を知らないために不幸に陥っている人々が、まことに多いのであります。 故に正法を聞いて直ちに信ずるところに、直ちに三界は皆、仏国であるという不思議な妙法の功徳が厳然として存するのでございます。 これまた、皆様方の信心の一念のなかに、尊い大きな功徳として存することを確信する必要があるのであります。

しかしながら、またさらに、その一人ひとりの信心の功徳をもって毎日、毎日を修行し、自行化他の修行を行なっていくということが、”事の戒壇”を現実にこの社会のなかに顕していくということをもって、真の仏国土が建設されるのでございます。 したがって一念の信の当体において即、成仏し、その心がまた自行化他の修行となり、功徳となって、宇宙法界、世の中の一切が真の仏国土を成じていくということが、我々妙法を信受する者の絶対の信念であるわけでございます。(中略)

我々の信心修行、信心の当体がそのまま即身成仏であり、仏国土の境界をもつところの深く尊い当体であると同時に、それをさらにまた、自行化他にわたって修行し、正法を弘通していくところに真の大聖人の末法万年にわたっての一切衆生成仏の御化導があることを深く考え、我々はともに三大秘法の御本尊を受持し、いよいよ一生成仏のため、未来永遠の成仏のために自行化他、広宣流布に邁進することが肝要でございます。

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