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 御報恩御講     
 宗祖日蓮大聖人の御命日(十三日)にちなんで、御報恩御講が全国の本宗寺院において行われます。「講」とはその宗の本尊や開祖をたたえて読経、祈願し、さらに、法門や経論等を教説・論談して法論に供える法会をいいます。
 本宗においては、御本仏日蓮大聖人、本門戒壇の大御本尊、そして日蓮大聖人、日目上人以来代々の法主上人(ほっすしょうにん)、すなわち、仏法僧の三宝を恭敬供養し、御報恩のためにお講が奉修されるのです。
 総本山大石寺においては、古来、この御報御講が、毎月三回-日興上人の御命日の七日、大聖人の御命日の十三日、日目上人の御命日の十五日-法主上人の大導師のもとに、全山の僧侶が御影堂に出仕して営まれています。
 末寺で行われる、毎月の御講も、その根本精神は全く変わりがありません。まず、御本尊、日蓮大聖人、日興上人並びに日目上人等、歴代の法主上人にそれぞれ献膳申し上げ、懇(ねんご)ろに読経唱題した後、僧侶の法話があります。そして、その御講を通してお互いに信行学を深め、御報恩の道である正法広布の大願達成を誓い合うのです。
 ここで、知恩報恩について考えてみましょう。ややもすると、現在の自分があるのは、すべて自己の努力よるものであると思いがちではないでしょうか。何事も、努力なくして向上するものではありませんが、自己の努力だけで向上できるものでもありません。広く考えてみると、人生の出発は、まずこの身を生み育ててくれた父母の恩を受け、物事の知識や道理を教えてくれた、多くの人々や書物からは、師匠の恩を受けています。そして、周囲のさまざまな協力や援助があって、はじめて自己の努力がみのっていくのです。しかも、その目的が高遠であればあるほど、周囲の多大な恩徳を受けることはいうまでもありません。これら大小さまざまな恩徳を忘れずに正しくわきまえることを知恩といい、受けた恩徳に対して、積極的に応えることを報恩といいます。
 それでは、私たち末法の衆生が、大恩を報ずべき三宝とは何かといいますと、日寛上人は「正しく是れ末法出現の三宝如何(いかん)。・・・・・・久遠元初の仏宝豈異人(あにことひと)ならんや、則ち是れ蓮祖大聖人なり。・・・・・・久遠元初の法宝とは、即ち是れ本門の大本尊是れなり。・・・・・・久遠元初の僧宝とは、即ち是れ開山上人なり」(当流行事抄・六巻抄一九六ページ)と明らかに示されています。
 三宝の恩徳は、どのように報じても報じ尽くせないほど鴻大(こうだい)であります。したがって、
 「然るに末代の凡夫、三宝の恩を蒙(こうむ)りて三宝の恩を報ぜず、、いかにしてか仏道を成ぜん」(新編二六八ページ)
とお示しのように、この広大無辺な大恩を忘れては到底成仏はできないのであります。
 「華厳経に云はく『恩を知らざる者は多く横死(おうし)に遭(あ)ふ』等云云。観仏相海経に云はく『是(これ)阿鼻(あび)の因なり』等云云」(新編九九四ページ)の厳しい戒めを肝に銘ずべきべきであります。
 では、この仏道修行の根本たる報恩を、どのよにつとめるべきでありましょうか。祈祷抄の中に、
 「白烏(はくう)の恩をば黒烏(こくう)に報ずべし」(新編六三〇ページ)
という文があります。これはある時、毒蛇が、昼寝をしていた王様を咬(か)み殺そうとしたとき白い烏が現れて王様を助けたので、王様は恩返しをするため手を尽くして白い烏を尋ねたのですが、どうしても見つけることができません。このため、王様は、白い烏に受けた恩をふつうの黒い烏に広く施すことによって恩返しをした、という話に由来しています。この話を、私たちにあてはめて考えますと、王様を救ったまれな白烏とは、私たちを折伏して御本尊を受持させてくれた人であります。しかし、私たちはその人から受けた広大恩徳を返し尽くせるものではありません。ですから、その報恩を黒烏である、いまだ正法を知らない人に施すべきであります。すなわち、私たちは日常の姿や対話を通して、大御本尊の偉大さを社会に広く流布し理解させていくことが、真の御報恩なのであります。
 私たちは、知恩報恩の一念をもって、欠かさずお講に参詣し、自己の信心をいっそう深めるよう心がけるべきでしょう。そして、末法の三宝尊に感謝申し上げるとともに、真の御報恩の道たる正法流布に邁進(まいしん)することを、堅く決意することこそ肝要なのであります。 
                    (続 日蓮正宗の行事より抜粋)


 
  
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  元旦勤
 正月の意義
 -正月をもてなす人は徳もまさり人にも愛せられ候なり- 


 正月一日は古来、様々な行事が行われ、一年中で最も意義深い祝日とされてきました。
 日蓮大聖人様が、
 「五節供の次第を案ずるに、妙法蓮華経の五字の次第の祭りなり。正月は妙の一字のまつ()り」(御書三三四頁)
と仰せのように、中でも本宗元旦勤行の意義は深く、めでたい行事の一つです。
 「一陽来復(いちようらいふく)」という言葉がありますが、これは「陰極まって陽生ずる」という意味です。つまり冬至や新年を前に、あらためて一切が陽に向かって開いていくということです。今までの色々な悩み、苦しみ等の問題を新しい年に解決し、立派に道を開いていくという意味があるのです。
 人間の相もまた陰・陽の中において幸せも不幸せもありますが、その根本はすべて一つのところ、いわゆる妙法蓮華経の五字から顕れるのであり、妙法蓮華経の五字の中に一切が籠もっているのです。要するに、一切の根本が妙法蓮華経の一にあり、それを一年を通じて考えれば、正月の一日がその根本の始めに当たるのです。それ故、元旦に本因妙の妙法蓮華経の修行をするところに未来永遠にわたる即身成仏の根本の相があり、そこに尊い意義が存するのです。
 また、大聖人様は『十字御書』に、
 「正月の一日はひのはじめ、月の始め、とし()のはじめ、春の始め。此をもてなす人は月の西より東をさして()つがごとく、日の東より西へわたりてあき()らかになるがごとく、とく()もまさり人にもあい()せられ候なり」(御書一五五一頁)
と御教示あそばされています。世間でも「一年の計は元旦にあり」と言いますが、まさに元旦は、日の始め、月の始め、年の始め、春の始めであり、この元旦を大切にすることは、一年を大切にすることになり、ひいては一生を有意義に暮らすことにも通じるのです。
 仏法では、修行の第一を「発願(ほつがん)」といい、最初に願いを(おこ)します。発願の心を起こしたならば、その人の仏道修行はすでに半ばにも達したと言われるほど、この始めということを大切にするのです。
 そして「初心忘るべからず」の言葉のごとく、初心を貫くことは容易なことではありませんが、生死の一大事を決定する仏道修行においては、初心貫徹如何が、成仏得脱の一大要件として示されるのです。
 一切のの世事に先駆けて、まず寺院に参詣し、新年最初の元旦勤行をしっかり勤めましょう。そして地涌の菩薩の眷属の名に恥じない、確信に満ちた修行に邁進できるよう、心新たに御本尊様に誓願申し上げることが最も肝要です。

             
 元旦勤行で一年を祈る  
 
 キリスト教国では、イエスキリストの生まれた日
とされる12月25日のクリスマスが、新年の御祝いよりも盛大で重要なものになっているようです。日本人がキリスト教と接して以来、とりわけ戦後の日本は、商業宣伝によってもキリスト教徒でない人をも巻き込んでクリスマスが盛んになっています。
 その影響もあってか、日本古来の正月を大事にするという意識が希薄になっているように思います。
 さらには、正月の初詣といっても、テレビ等で放映される有名神社に参詣する人が多くなりました。その姿は、ポケットの小銭を賽銭箱に投げ込み、数秒間手を合わせる程度です。
 もとより神社には善神はおりませんが、これで一年の無事を願うというのは本人は自己満足でしょうが、はたから見れば滑稽であります。
 日蓮正宗では、日々御本尊様へ勤行唱題し、折伏行に精進しておりますが、特に年の始めを大切にしております。総本山大石寺をはじめ全国末寺において、元旦勤行を執り行っております。ここでは、読経唱題をいたし、下種三宝への御報恩と広宣流布を御祈念し、立正安国の実現と人類の幸福を願うとともに、信徒の一年の無事息災を御祈念申し上げます。
 あなたも是非御参詣下さい。 
                      日蓮正宗東京第二布教区発行布教文No20

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 分会
 こよみの上で立春の前日を節分といい、豆まきをする習慣が日本にはあります。
 日蓮大聖人様は、正しい法へ導く一つの方便として「厄」という社会一般の習慣を利用され、四条金吾の奥さんが、御供養を添えて厄年の御祈念を願い出られた折、
 「三十三のやく(厄)は転じて三十三のさいは(幸)ひとならせ給ふべし。七難即滅七福即生とは是なり。年はわか(若)うなり、福はかさ(重)なり候べし」(四条金吾殿女房御返事・七五六)
と述べられております。

 日本人の一般的な考えとして厄とは、災いが多く降りかかるとされる年齢を指します。平安時代にはすでにこういう考え方が存在し、科学的な根拠が不確かで起源も曖昧ですが、根強く信じられている風習です。

 厄年の年齢区分(くぶん)についていえば、男性の二十五歳、四十二歳、六十一歳は、昔は人間の一生の折(お)り目にあたる年祝いの行われた年齢で、青年が壮年組に入り、村人のために種々の役(やく)を得(う)る資格(しかく)を得(え)、また壮年より老年組に入る節目(ふしめ)のことで、けっして忌(い)みきらうことではなかったのです。

 また女性の十九歳、三十三歳、三十七歳は、育児や健康の上でも、ひとつの節目にあたる時期だったようです。
 そうした時期に、単(たん)なる四十二歳は「死」に通じるから、三十三歳は「さんざん苦労する」などと語呂合(ごろあ)わせをして思い悩むのはまったく無駄なことだといわなくてはなりません。
 確かに、人は30歳も過ぎれば老化も進みますから、あちこち具合の悪くなることもありますし、同じように自分の親や大切な人も年々弱っていきます。
 大病をしたり、身内に不幸があったときに、ふと自分の年齢を思いやり、『42の本厄だもんな』などと妙に納得してしまいがちです。

 他の宗派は、このような厄や災は他から来るものとしています。しかし、厄災や不幸は、どこからか来るものではなく、自分にその原因・宿習があります。
 仏法では厳然たる因果を説き、偶然は認めませんから、事故や災難に遭うのも、過去世からの因縁であると説かれます。
 そして、どんな災の原因を持って生まれてこようと、その災い自体を幸いに変えるのが日蓮正宗の信心です。
 一番大事なことは、本物の魂である、この御本尊様の功徳・力用を根本に、自分の信心を強盛にし、変毒為薬の法門を実生活に顕していくことです。
 その一つの機縁が節分会です。
 節分において「鬼は外」を言わないのには、福(仏)も鬼(魔)もすべて自分の中にあるという考え方が、基本にあることが理由としてあります。
 日蓮大聖人様は、
 「鬼子母神・十羅刹女、法華経の題目を持つものを守護すべしと見えたり」(御書六八五)
と仰せの通り、鬼には法華経を信じる者を護る善鬼と、法華経を信じる者に危害を加えて妨害しようとする悪鬼(魔)がいます。
 善鬼と悪鬼は「鬼」という存在の二面性の表れで、また、そのように物事には善と悪の両面が備わっていて、片方のみを取って、片方のみを切り捨てることは不可能です。

 ですから、もしも悪い働きのみを憎んで悪鬼を外に追いだしたとしてもそれは結局、良い働きを持つ善鬼をも失うこととなるため、そうした意味を表す「鬼は外」という言葉を用いません。そのため、日蓮正宗においては、仏道修行の成就を願う意味での「福は内」のみを用いています。
 このように、信徒教化の一環として日蓮正宗では節分会があり、自らの厄と過去遠々劫の罪障を消滅するために大切な行事なのです。 
 その意義ある行事に参加されました皆様こそ、最高の節分を過ごすことが出来たと胸を張っていただきたいと思います。
                         節分会の砌 御住職

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 祖御誕生会
 本日は、宗祖日蓮大聖人様の御誕生会に当たりまして、海外からの御信徒をはじめ多くの方々が参加され、まことにおめでとうございます。
 大聖人様は、貞応元年、西暦一二二二年、今から七百八十五年前の二月十六日、安房国に御誕生あそばされましたが、大聖人様の御出現の目的は、末法の一切衆生をしてことごとく即身成仏せしめ、もって世界中のすべての人々の幸せと全世界の恒久平和を実現するためであります。
 すなわち『観心本尊抄』に、
「一念三千を識らざる者には仏大慈悲を起こし、五字の内に此の珠を裹み、末代幼稚の頸に懸けさしめたまふ」(御書六六二ページ)
と仰せのように、大聖人様は末法の御本仏として本門寿量文底一念三千の大法、すなわち南無妙法蓮華経をもって衆生済度に当たられたのであります。
 また『報恩抄』には、
「日蓮が慈悲曠大(こうだい)ならば南無妙法蓮華経は万年の外未来までもながるべし。日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり。無限地獄の道をふさぎぬ。此の功徳は伝教・天台にも超え、竜樹・迦葉にもすぐれたり」(同一〇三六頁)
と仰せであります。
 この『報恩抄』の御文は、大聖人様の主師親三徳を明かされた御文でありますが、「日蓮が慈悲曠大」とは親の徳を、「一切衆生の盲目をひら」くとは師匠の徳を、「無限地獄の道をふさぎぬ」とは主君の徳を示されているのであります。すなわち、宗祖日蓮大聖人様こそ末法主師親三徳兼備の御本仏にして、末法の人本尊であられることを明かされているのであります。
 したがって「此の功徳は伝教・天台にも超え、竜樹・迦葉にもすぐれたり」
と仰せられて、御本仏大聖人様の仏法は、仏滅後、竜樹・迦葉・天台・伝教等がいまだかって弘通せられたことのない大法であると仰せられているのであります。
 しかも、その大法は「南無妙法蓮華経は万年の外未来までもながるべし」
と仰せのように、末法万年、尽未来際に至るまで尽きることなく流布し、永遠に一切衆生を救済あそばされるのであります。
 また、この御文のなかで「日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり」
と仰せられておりますが、これは単に日本国だけにとどまらず、全世界を指しているのであります。
すなわち『乙御前御消息』に、
「抑(そもそも)一人の盲目をあけて候はん功徳すら申すばかりなし。況んや日本国の一切衆生の眼をあけて候はん功徳をや。何に況んや一閻浮提四天下の人の眼のしゐ(盲)たるをあけて候はんをや」(同八九八頁)
と仰せの如く、大聖人様の仏法は日本国一国だけにとどまらず、国を超え、民族や人種を超えて「一閻浮提四天下」すなわち、世界中のすべての人々を成仏の直道に導く偉大なる仏法なのであります。その偉大なる仏法は、また末法の御本仏大聖人様の大慈大悲そのものでもあります。
 そもそも仏様の慈悲とは、仏様がすべての衆生に対し六道の苦しみから救わんとせられる、深い慈しみの心を言うのであります。
 竜樹菩薩の『大智度論』には、この慈悲について、一切衆生に楽を与えることを「慈」とし、苦を抜くことを「悲」とすると説かれています。
 また、大聖人様は『新池御書』に、
「南無妙法蓮華経と他事なく唱へ申して候へば、天然と三十二相八十種好を備ふるなり。如我等無異と申して釈尊程の仏にやすやすと成り候なり」(同一四六〇頁)
と仰せであります。
「如我等無異」(法華経一一一頁)とは、法華経方便品の文にして「我が如く等しくして異なること無からしめん」との意味で、仏様は一切衆生をして自分、すなわち仏様と等しくして異なることのない境地に導くことが出世の目的であると仰せられているのであります。まさにそこには、一切衆生をことごとく救済あそばされんとする、仏様の広大にして深遠なる大慈大悲を拝することができるのであります。
 今日、世間を見ると、末法五濁悪世の世相そのままに、世界の至る所で戦争や民族間の争いなどがあり、また目を覆いたくなるような悲惨で残酷な事件や事故が頻発しております。
 これらはすべて、間違った教え、謗法の害毒によるところから来ている弊害でありますが、また同時に、人々の心のなかに慈悲の心が欠如しているからであります。平和であるのも、争いが起きるのも、幸せになるのも、不幸になるのも、要は人の心次第でありますから、世の中の多くの人達が、たとえいかなる人であろうとも、あらゆる人々を救わんとせられる仏様の大慈大悲の心を心として、互いに支え合っていけば、今日、これほどの悲惨で不幸な事件や事故は起こらないはずであります。
 簡潔に言えば、世の中の多くの人々が慈悲の心を持てば、混迷を極める今日の世の中は必ず変わるということであります。ただし、それには「南無妙法蓮華経と他事なく唱へ申して候へば」と仰せのように、すべてが大聖人様の仏法に帰依し、本門戒壇の大御本尊に向かい奉り、至心に南無妙法蓮華経と唱えていくことがなければ、その願いはかなわないのであります。
 したがって、真の世界平和とすべての人達の幸せを実現するためには、一人でも多くの人に、そして一日も早く折伏を行じて、もって大聖人様の仏法に帰依せしめていくことが最も肝要となるのであります。
 今日的に言えば、まさしくそれは、日顕上人からいただいた御命題の「地涌倍増」を達成するところに帰するのであります。
 なにとぞ、今日お集まりの皆様にはこのことを銘記され、大聖人様の広大なる大慈大悲のお心をもって世界中のすべての人々に対して慈悲の折伏を行じ、力の限り、本年「行動の年」を闘いきっていただきたく、心からお願いを申し上げ、本日の挨拶といたします。こそ肝要なのであります。
                             御法主日如上人猊下御言葉宗祖御誕生会・五重塔のお塔開きの砌

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 春(季彼岸会
  彼岸会はわが国の仏教一般に広くおこなわれている行事の1つで、インドや中国でおこなわれたようすはありませんが、日本では古くは聖徳太子の頃からおこなわれていたようであり、日本独特の風習といえます。その内容は時代によって移り変りがありましたが、現在では世間一般に先祖の供養をすることが主になっており、その現われとしてお寺へ参詣して塔婆供養をしたり、お墓参りをする事が通例となっています。
 本宗においても春秋の両彼岸会を修するのは、まずこれが積功累徳(功徳をつみかさねていくこと)という仏法の精神より起った行事であるからです。
 また、この彼岸会は本宗における衆生教化の一つの方法であるからです。 つまり世間一般化した彼岸会を正しい御本尊のもとで奉修される行事として転換引入し、さらに御本尊への結縁を深めていくという意味から、大事な行事といえるのです。

 また昼と夜の時間が同じということに深い意義があります。これは陰陽同時・善悪不二を表するものであり、経文には「仏好中道」と説かれてあるように、仏教ではこの時を非常に重要視します。ゆえにこの時に善行を修する功徳は、ほかの時に修する功徳よりも勝れているということができます。

 この彼岸とは梵語のパーラミータ(波羅蜜)という言葉の訳語で、悟りの境地、究竟、解脱、涅槃への到達成就を意味し、私共の住んでいる裟婆世界、煩悩、業、苦にさいなまれる我身を此岸に譬え、煩悩、業、苦の三道を、また衆生の苦しみや悩みや大難を、法身、般若、解脱へと転ずる事、つまり成仏の境界に至る事を彼岸に譬えるのです。
  その煩悩を菩提へと転じ顕す大法、生死の苦を涅槃へと導く大船、裟婆の忍土を寂光土へと変える教えが妙法蓮華経の大白法であります。

  これはまさに妙法独自の境界であり、大聖人の仏法は念仏宗の様な、ありもしない架空の西方極楽の別世界、キリスト教の如き神の国のおとぎ話を説くのではなく、現実の我が身心を六根清浄の仏身へと変え、三世の人々を非情有情共に成仏せしめ、此の国土、我が家をして常寂光土たらしめる真実の一切衆生救済の大仏法なのです。
  大聖人は裟婆即寂光について、
  『されば我等が居住して一乗を修行せんの処は何れの処にても侯へ、常寂光土の都たるべし。我等が弟子檀那とならん人は一歩を行かずして天竺の霊山を見、本有の寂光土へ昼夜に往復し給ふ事、うれしとも申す計り無し申す計り無し』(『最蓮房御返事』御書588㌻)
と示されております。
 どこか別に寂光土があるわけでは無く、修行をしているその場が寂光土となるのです。

 日蓮正宗に於ける彼岸の本義は、亡くなられた先祖や親兄弟の成仏を願い、報恩感謝を申し上げることにあります。
 さらに、生きている私たち一人一人が自分をはぐくみ、即身成仏して幸せな境界を開き、その御本尊の力、妙法の功徳をもって過去の一切の人々を追善供養し、その塔婆と唱題の功徳が未来の福徳果報冥加となって輝き、畢竟、妙法による正しい最善の信心修行が、一家の過去と現在と未来の三世を救うという広大な意義を含んでいるという事であります。

 回向とは、自身の積んだ仏道修行の功徳を他者に廻らし向けることです。日蓮大聖人は「自身仏にならずしては父母をだにもすく(救)いがた(難)し・いわうや他人をや」(御書1429㌻)、「我が身いまだ法華経の行者ならざる故に母をも仏になす事なし」(御書1111㌻)と仰せです。つまり、回向する人自身の功徳善根が故人に廻らし向けられるのですから、回向する側が、どれだけ仏法の善根を積んだのか、あくまでも一人ひとりの信心が大切になります。
 皆さんはこの彼岸会において塔婆を建立されましたが、塔婆供養の意義を理解されることはとても大切なことです。
 塔婆が五輪の形をしているのは、地水火風空の五大、すなわち妙法蓮華経の五字をあらわしています。
 御義口伝に「我等が頭は妙なり、喉は法なり、胸は蓮なり、胎は華なり、足は経なり。此の五尺の身妙法蓮華経の五字なり」(新編1728頁)と説かれています。さらに総勘文抄に「五行とは地水火風空なり。乃至是則ち妙法蓮華経の五字なり」(新編1418頁)
と仰せられています。
 このようなことから考えますと五輪の塔婆は妙法蓮華経という仏様の体を表現したものであるという事になります。
 塔婆にお題目を書き「此中已有如来全身」と経文を書くのは、この塔婆は、もう仏様のお体であり、この仏様のお心のなかに亡くなった人が一緒におられるということを示すのです。
 ですので、塔婆に南無阿彌陀仏とか梵字で書いても、仏を顕すことは出来ないのです。
 本宗の塔婆は、建てる人の信心と追善の願力とによって、亡くなった人の霊を仏身にあらわすのであり、御本尊を通じてお題目を供養する故に、その功力を得て、亡魂も、また回向する人も大功徳をうけることになります。
 そこで、塔婆を供養するにあたって、まず考えなくてはならないことに、人間の死後の問題があります。これは大変むずかしいことで、その解明は世界でも最高の哲学であります。
 大聖人は前に引用したように、私達人間の身体も、また宇宙や一切の森羅万象もすべて地水火風空の五大の元素から構成されていると仰せです。この五大は分解してはまた集まり、集まってはまた分解するというように、常に離合をくりかえしています。人間も一たび死ぬと、もとの元素に戻ります。この時人間を形作っている肉体が分解され、無に帰したように見えますが、その生命の業(因縁因果による色心の状態)は、永遠に宇宙の中に生きていくのです。
 しかも、生前中から死ぬ時に至る善悪の果報をそのまま死後の世界までもちつづけますから、苦しみ悩み、あるいは間違った教えにまどわされて死んで行けば死後の世界でも苦しみを感ずるわけです。

 そして、もし先祖や親戚・知人で亡くなった人の中に死後の世界で苦しんでいる人があれば、生きている遺族の側にも其の苦しみや悩みが影響してきます。ですから、遺族の人達の強い信心と御本尊の功力によって亡くなった人が成仏の境界にならないと生きている人も、此の社会もほんとうの幸せにはならないということになります。このことを仏教では「三世の益に欠けるが故に五濁悪世となる」といわれています。したがって塔婆供養・先祖回向ということが必要になってくるのです。

 前にも述べたように、五輪の塔婆に題目をしたためて戒名や俗名を書けば、それは、亡くなった人の体をあらわしています。そして御本尊にお経をあげ、お題目を唱えるとその塔婆は仏界を現じ、御本尊のお力によって亡くなった人の生命に感応するのです。
 この感応妙というのは、御義口伝に「衆生に此の機有って仏を感ずる、故に名づけて因と為す。仏機を承(う)けて而も応ず、故に名づけて縁となす」(新編1728頁)と説かれているように、衆生の善根が仏を感じて発動する時、その衆生の性欲に応じて仏様が慈悲を垂れることで、仏様の心と衆生の心が融け合うことによって仏果を成熟させるのです。「成仏したい、成仏させたい」というこちらの一念心を仏様がお感じになるということで、塔婆供養の場合は、回向する者の一念心が大切な因となります。これはまことに難解なことですが、塔婆供養はこの感応妙の原理によって死者が成仏の境界に進むのです。

 草木成仏口決に「我等衆生死する時塔婆を立て開眼供養するは、死の成仏にして草木成仏なり」(新編522頁)と仰せられています。生きている者が大御本尊にしっかりとお題目を唱えると成仏できて幸せになるように、塔婆供養の原理は自分で意志表示の出来ない故人や、非情の草木ですら御本尊の慈悲、お題目の力によって成仏できるのです。

 塔婆を立てると亡くなった人はもちろん、供養した人もまた、大きな功徳をうけることができます。その功徳の大きさは量り知れないとたくさんの経文に説かれています。
 大聖人は「丈六のそとばをたてゝ、其の面に南無妙法蓮華経の七字を顕はしてをはしませば、乃至過去の父母も彼のそとばの功徳によりて、天の日月の如く浄土をてらし、孝養の人並びに妻子は現世には寿を百二十年持ち」(新編1434頁)と仰せになっています。
 このほかたくさんの経文に塔婆供養の功徳が説かれています。たとえば塔婆供養をすると寿命を延ばせる、大きな福運が積める、常に仏様のお慈悲をうけることが出来るなど、仏法上、とくに大聖人の教えから見ると、塔婆建立の意義はまことに深いものがあります。
 亡くなった人に追善回向をするには塔婆供養が最上の方法で、亡くなった方は塔婆供養を待ちこがれています。
 御本尊をはなれた塔婆回向は真の供養とはいえません。私達はまず第一に御本尊を信じ、御本尊を生命をかけて護り、御本尊を中心に一所懸命信心修行して功徳を積み、その功徳善根をもって亡くなった人に塔婆回向をしなくてはなりません。
 私達の毎日の生活の中に報恩の心、追善の気持を忘れることなく、そして正しい塔婆供養の意義を理解して、故人の成仏をご祈念いたしましょう。
 世間でよく「菩提を弔う」ということを言いますが、この菩提を弔うということは、例えば法事をするとか、葬儀をするとか、そういったときにしか使用されないようですが、仏教本来の意義において、この菩提ということは、信心修行ということでございます。
 すなわち「上求菩提、下化衆生」と申しまして、上は仏様の境界にできるだけ近付くように努力をし、下はまだ正しい教えを信じていない人たちに教えを広く教えていくということでございます。 
 言葉を換えて言えば、信心修行して、また折伏を行ずることが菩提でございまして、信心即生活の実践ということになるわけでございます。
生活の細かいところまで、信心というものをまず基準に置いて、それを根本にして、生活を行っていくということが、信心即生活でございます。
 ですから、逆にもし生活の片手間に信心をするということになると、本来の正しい功徳というものは現れてまいりません。即身成仏の境涯を自分自身の人生のなかに具現していていくということが真の功徳でございます。

 その即身成仏の境涯とは、どういう境涯かと申しますと、どんな困難があっても、必ずそれを自分自身で乗り越えるとことができるという境涯でございます。
 一見すると今は別に困ったこともないし、だから慌てて信心する必要もないと、そんなふうに思っていらっしゃる方もいるかも知れません。ところが仏法においては、人間には宿業というものがあるということを説いているわけでございます。今は何もなくても、自分自身の宿業というものは何時どこでどのような形で、現れてくるか分からない。

 もし、そういうものが現れてきたら、そのときに信心をしたらいいじゃないかと思うかも知れませんが、そうではありません。あらかじめ、そういった宿業というものが出てくる、すなわち困難に遭遇したときに、それを克服するだけの命になっていなければ、そういった困難を乗り越えることはできない。ですから、普段からの信心即生活を心掛けていく。その積み重ねが、とても大事になってくるわけでございます。
 
 信心は、やはり普段から、コツコツ、コツコツと陰ひなたなくやっていくことが大切なのです。本当に真面目に信心を貫いて、いざ何かあったときに、命の強さ、輝きというものを発揮する。そういうことを教えているのが日蓮大聖人様の教えであります。また、そういうことが可能な信心こそが、大聖人様の御本尊様を信ずることなのだ、ということを知っていただきたいと思います。 
 そのうえで、それぞれのお宅において、五座の回向においての追善供養、あるいは回忌等においての追善供養、そうして、お彼岸やお盆のような機会に追善供養をして、先祖に回向するところに、御先祖と子孫である皆様方一人ひとりの成仏が、同時に叶えられるのです。
 どうか、そういった意味で、これからも信心即生活の実践が自分自身、本当にできているかどうかということを見つめ直し、一生懸命、皆様方の人生を歩んでいっていただきたい。そうして幸福の境涯を築き上げていっていただきたいと思います。

 日蓮正宗法華講は、日蓮大聖人様の仰せのままに、「大御本尊様」と「唯授一人の血脈」を根幹として七百数十年の間純粋な信仰に励んでまいりました。この歴史に誇りを持ち、次の代に伝える上からも、彼岸会・塔婆供養などの化儀を大切にしなくてはなりません。その意味から本日のご参詣は誠に意義深きものがあります。功徳もまた無量です。

 原発事故の収束もままならず、大きな台風が吹き荒れ、暗い空気に覆われた日本ではありますが、ありがたいことに我々は生きています。今、命あることに報恩感謝申し上げ、猊下様が御指南下さる「一人が一人以上の折伏」を目標に、一生成仏の信心に励んでまいりましょう。
                       彼岸会の砌 御住職

    
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 盂蘭盆会
 盂蘭盆会とは、陰暦7月15日(今の暦では、8月15日と定められている)を中心に行われる先祖供養の法要です。
「盂蘭」とは梵語(ぼんご=中期インド語の総称)で、意訳すると「倒懸」(とうけん)といい「さかさづりの苦しみ」という意味があり、大きな苦痛をあらわしています。
 盂蘭盆会の法要は、大聖人の御在世中に、大聖人自ら奉修されていました。日蓮大聖人が弘安2年(1279)に著された『盂蘭盆御書(うらぼんごしょ)』には、盂蘭盆経における目連尊者の説話が取りあげられていますが、当時どのような盂蘭盆会が奉修されていたかは具体的には記されていません。
 しかし、弟子の日興上人(1246~1333)のお手紙には、毎年お盆の際には日蓮大聖人を奉ったご宝前に種々のお供えをし、弟子・檀越(だんのつ=信徒)が寄り合って盂蘭盆会の法要を営んだとあります。
 よって当宗においては、盂蘭盆会に際してご宝前に季節の野菜や果物を供え、また塔婆を建立し、先祖の供養とともに御本仏日蓮大聖人へ更なる自己の精進をお誓いし、読経・唱題をつとめています。
 さらにこの時期には、お経回りやお墓参りなども各寺院でそれぞれに行われています。

 この盂蘭盆会の法会は盂蘭盆経に説かれている目連尊者とお母さんの青提女の話に始まります。
 昔釈尊の十大弟子の一人で、天眼通や宿命通という神通力第一とうたわれた目連尊者が、幼い時に亡くなった母が今どのような境涯に冥伏しているかと言う事を、通力によって見渡した所、驚いた事に、母の青提女は生前、仏への供養、父母への孝養を惜しんだ慳貪の罪によって、死後餓鬼道に墜ち、皮膚は鳥の肌の如く身はやせ衰え、頸は糸の如く腹のみふくらんで、両の手を合わせて物を乞う、見るも無惨な姿で苦しんでいました。
 死後の苦しみは現世の苦しみの百千億倍とも言われております。
 目連尊者はあまりの悲しさに大神通を現じて母の苦をやわらげようと、ご飯を差し上げましたが、どうした事かお母さんがよろこんで御飯を口に入れようとすると、その御飯が火灰となって燃えあがり、あわてて今度はその火を消そうとして水をかけますが、かえってその水が油となり、薪となって、ますます母の身を焼き、目連尊者の小乗の悟り、その神通力をもってしても、たった一人の母の苦さえ救えませんでした。
 この事は何を意味しているかと申しますと、我が父母のため、先祖代々の為にと、どんな立派な供養や孝養の志をたてても、単なる通力や、小乗等の供養の方法がまちがっていたり、無力ならば、その善根はかえって大悪となり、逆に父母を苦しめる結果になると言う事を教えているのです。
 神通力や念力や呪術、乱神によって民衆の心だませても、それは成仏の手本にはなりません。
 即身成仏の有無は教法の正邪、偏円、勝劣によると言うことを知らなくてはなりません。
 そこで目連尊者は泣きながら釈尊のもとへ走り参じて、父母を救う道を乞うた時、釈尊は汝一人の通力で救えるものではない、僧侶にとって自恣(じし)の日である七月十五日に、十方の聖僧を招いて百味の飲食を供えて供養をしなさいと教えたのでした。
 しかしそれでも母を一応餓鬼の苦しみから救い出す事は出来ても、母を成仏させる事は出来ませんでした。
 爾前権教の経々による施餓鬼の法会をどんなに修しても、父母の成仏はそんな事によって叶うのではありません。
 目連尊者は今まで修して来た小乗の、二百五十戒、爾前権教の教えを捨て、釈尊の法華経の会座に列なり、自ら南無妙法蓮華経と唱えて、自分が多摩羅跋栴檀香佛という仏になった時、妙法蓮華経の仏力、法力と目連の信力、行力によって母の青提女も父の吉占(きっせん)師子も共に成仏が出来たのです。
 大聖人は『盂蘭盆御書』に、
「目連尊者が法華経を信じまいらせし大善は我が身仏になるのみならず父母仏になり給う」(新編一三七七)
 と説かれております。
 三世の父母の成仏を願うならば、何よりも南無妙法蓮華経の最第一の仏法を信受し、自らが成仏の実践をはたし、その妙法の功力以外に、父母の成仏、真実の父母の孝養を果たし得ないのだという事を知るべきであります。
 本宗に於いて位牌や過去帳や塔婆に、必ずお題目をしたためるのも、そうした法義に依るのであり大聖人は、
「草木の上に色心の因果をおかずんば木画の像を本尊に恃(たの)み奉ること無益なり」(全二二九)
と教えておられます。
 題目をしたためて一念三千の法門がそなわらなければ、本尊にも、位牌にも塔婆にも功徳はそなわりません。

 古来より当宗では「常盆常彼岸(じょうぼんじょうひがん)」といって、お盆やお彼岸の時のような心構えで日々精進することが信仰の要であると言い伝えられています。
 したがって、自分の身はとてもつたないということを一人一人がしっかりと自覚し、そのために仏の真実の法である法華経を信ずる、すなわち法華経の教えを体得された日蓮大聖人の教えを信じることによって成仏が叶い、そしてそこに一切衆生の全ての成仏を見ることの大切さあるということを、肝に銘じて頂きたいと思います。

 御義口伝に、
「我等が頭は妙なり、喉は法なり、胸は蓮なり、胎は華なり、足は経なり。此の五尺の身妙法蓮華経の五字なり」(新編1728頁)と説かれています。
 さらに総勘文抄に、
「五行とは地水火風空なり。乃至是則ち妙法蓮華経の五字なり」(新編1418頁)
と仰せられています。
 このようなことから考えますと五輪の塔婆は妙法蓮華経という仏様の体を表現したものであるという事になります。
 塔婆にお題目を書き「此の中には、已に如来の全身有す」と経文に書くのは、この塔婆は、もう仏様のお体であり、この仏様のお心のなかに亡くなった人が一緒におられるということを示すのです。
 塔婆を建てるのは、建てる人の信心と追善の願力とによって、亡くなった人の霊を仏身にあらわすのであり、御本尊を通じてお題目を供養する故に、その功力を得て、亡魂も、また回向する人も大功徳をうけることになります。
 そこで、塔婆を供養するにあたって、まず考えなくてはならないことに、人間の死後の問題があります。これは大変むずかしいことで、その解明は世界の中で最高の哲学であります。
 大聖人は前に引用したように、私達人間の身体も、また宇宙や一切の森羅万象もすべて地水火風空の五大の元素から構成されていると仰せです。この五大は分解してはまた集まり、集まってはまた分解するというように、常に離合をくりかえしています。人間も一たび死ぬと、もとの元素に戻ります。この時人間を形作っている肉体が分解され、無に帰したように見えますが、その生命の業(因縁因果による色心の状態)は永遠に宇宙の中に生きていくのです。しかも、生前中から死ぬ時に至る善悪の果報をそのまま死後の世界まで持ち続けますから、苦しみ悩み、あるいは間違った教えにまどわされて死んで行けば死後の世界でも苦を感ずるわけです。
 そして、もし先祖や親戚・知人で亡くなった人の中に死後の世界で苦しんでいる人があれば、生きている遺族の側にも其の苦しみや悩みが影響してきます。ですから、遺族の人達の強い信心と御本尊の功力によって亡くなった人が成仏の境界にならないと生きている人も、此の社会もほんとうの幸せにはならないということになります。
 このことを仏教では、「三世の益に欠けるが故に五濁悪世」といわれています。したがって塔婆供養・先祖回向ということが必要になってくるのです。
 草木成仏口決に、
「我等衆生死する時塔婆を立て開眼供養するは、死の成仏にして草木成仏なり」(新編五二二頁)
と仰せられています。

 生きている者が大御本尊にしっかりとお題目を唱えると成仏できて幸せになるように、塔婆供養の原理は自分で意思表示の出来ない亡者や、非情の草木が御本尊の慈悲、お題目の力によって成仏できるのです。
 塔婆を立てると亡くなった人はもちろん、供養した人もまた、大きな功徳をうけることができます。その功徳の大きさは量りしれないとたくさんの経文に説かれています。
 日蓮正宗では、どんなお経の後でも「乃至法界平等利益(ないしほうかいびょうどうりやく)自他俱安同帰寂光(じたぐあんどうきじゃっこう)」と御祈念します。
 この観念文の意味は、『化城喩品』に、
 「願わくは此の功徳を以て、普く一切に及ぼし、我等衆生と、皆共に仏道を成ぜん」
と説かれるごとく、我々が勤行・唱題して得た功徳を法界すべてに平等にめぐらし、自らも、そして他人をもその利益に浴して、共に寂光、すなわち本門戒壇の大御本尊のもとに帰することができるよう祈念するものである。
 ゆえに、単に「世界平和と人々の幸福」を祈るものではないのです。
 本日十五日は、終戦記念日でもあります。まだまだ、辛い記憶を留めておられる方もいらっしゃるでしょう。今の私達は、国内外の多くの方の犠牲を払って成り立っています。私達日本人は、その後六十三年の間他国との間で武力を交えることはありませんでした。この後も永遠に戦争のない国であるために、私達の役目は大きいのです。立正安国論の精神のままに進んでいけば、御本尊様のご加護を頂き絶対的平和を築くことができると固く信じることが日蓮大聖人様の弟子旦那の立場であります。

 多くの日本人が御盆を迎えて、思い思いにお参りをし祈り過ごしていることと思います。
 しかし、正宗寺院へ詣で、追善供養された皆様のみが、本当の意味で仏様の御心に叶った供養・祈念をされたという事を、どうか誇りに思われて、更に御精進頂きたいと思います。
 本日はごくろうさまでした。
              御住職 盂蘭盆会の砌

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 竜口法難
御難会は文永8年9月12日、宗祖日蓮大聖人の竜ノ口(たつのくち)の法難を記念し、ご報恩申し上げる法要です。
 大聖人のご一生は、「日蓮ほどあまねく人にあだまれたる者候はず」(新編739)とおおせられるように、「大難四ヵ度、小難数知れず」といわれ、竜樹(りゅうじゅ)・天親(てんじん)・天台(てんだい)・伝教(でんぎょう)等の仏教の大弘通者も肩を並べることができない大法難の連続でした。中でも9月12日の竜ノ口の法難は四ヵ度の大難中、とくに仏法上、重大な意義をもつ法難です。

 伊豆法難 小松原法難 竜ノ口の法難 佐渡流罪
 
 
そもそも、この竜ノ口法難は、第1に大聖人の邪宗折伏、第2に北条氏の大聖人に対する怨念、第3に幕府への直諌(ちょっかん・直接会っていさめること)が原因ですが、ことにこの幕府への直諌が直接の原因となって起きました。
 文永八年(1271年)、全国的な大旱魃(だいかんばつ)が続き、幕府は律宗の僧である極楽寺良観に祈雨(きう)を命じました。

 日蓮大聖人は、良観のもとに便りをつかわして、祈雨の勝負で法の正邪を決することを決められましたが、結局、これは良観の大惨敗に帰したのでした。
 ところが、祈雨に破れた良観は、卑劣にも諸宗の僧と語らって策略をなし、幕府を動かして大聖人の御生命を奪おうとしたのです。
 大聖人は奉行所に呼び出され、取り調べを受けましたが、逆に、自分が正しいか、幕府の殿上にて公場対決をもって決すべしと強く主張され、かえって裁く者を諫言されたのでした。
 さらには「建長寺・寿福寺・極楽寺・大仏・長楽寺等の一切の念仏者・禅僧等が寺塔をばやきはらいて、彼等が頸をゆひのはまにて切らずば、日本国必ずほろぶべしと申し候ひ了んぬ」(全集287頁)
とまで言い切っておられます。
 皆さんはこれを聞かれていかがに思われるでしょうか。
謗法の寺を全部焼き払ってしまえ。謗法の坊主の頸を切ってしまえ。そうしなかったら日本は滅ぶるぞと、こういうのです。
何とも荒っぽい話だと思います。
 これは、大聖人の本意で無い事は、あくまでも法の勝劣は、法門・道理によって決しようとされたお姿や、何度も襲われ御自ら怪我をされ、弟子を斬り殺されようと報復にでなかった事からも明かであります。
 それほど謗法の害毒は恐ろしいという意味での言上でありまして、一僧侶が最高権力者に耳を傾けさせるのはこういう言い方しかないという、いわば方便であったと私は拝します。
 逆上した・平左右衛門尉頼綱(へいのさえもんのじょうよりつな)は、九月十二日、数百人の兵と共に、松葉ヶ谷の草庵を襲撃するという暴挙に出ました。これに対して日蓮大聖人は、厳然として「平左右衛門尉の狂気の沙汰をみよ、日蓮を失うことは日本国の柱を倒すことである」と諫められ、平左右衛門尉はじめ居並ぶ兵士達は顔色を失ったのであります。
 
 日蓮大聖人は、松葉ケ谷の草庵から鎌倉の街中を重罪人のように 引き回されて評定所へ連行され、平左衛門尉より「佐渡流罪」をいい渡されました。しかしこれは表向きの評決であって、内実はひそかに大聖人を斬罪に処する計画が企てられていました。何の罪もなく、国の法では裁くことのできない大聖人を、密かに処刑してしまおうとの魂胆だったのです。
 事実、深夜になると 大聖人は処刑のために竜口の刑場へ護送されています。
 その途中、鶴岡八幡宮の前にさしかかったとき、大聖人は馬から下りられ声高に、「いかに八幡大菩薩はまことの神か」と叱責し、法華経の行者に対する守護はいかばかりかと八幡大菩薩を諌めれました。
 また由比ケ浜を とおり過ぎたところで、大聖人は熊王丸という童子をつかわして四条金吾に事の次第を知らせると、 金吾はただちに大聖人のもとに駆けつけ、殉死の覚悟で刑場までお供をしました。刑場に到着したとき、 金吾はおもわず嗚咽しましたが、大聖人は、             
「不かくのとのばらかな、これほどの悦びをばわらへかし、いかにやくそくをばたがへらるゝぞ」(種々御振舞御書 新編1060)
とたしなめられました。その処刑の瞬間、突如として江ノ島の方角より月のような光り物が南東より北西に光り渡り、太刀取りはその強烈な光に目が眩んで倒れ伏せました。 取り囲んでいた兵士たちも恐怖におののいて逃げ惑い、ある者はひれ伏すなどのありさまで、結局、 大聖人の命を断つことができませんでした。
 
 ※ただの雷で奇跡ではない。という学者がいます。光り物がなんであるかより、国家権力で死刑にしようとして出来なかったという事実が大事。

 死刑制度は今の日本には残っていますが、死刑囚が死刑執行される直前に生還できることなど、普通に考えて今でもあり得ないことなのです。
 
 この前代未聞の極刑に処せられようとした頸(くび)の座を契機として、大聖人のおん身の上に一大変化が起きたのです。
 この事件の起きた子丑の時というのは、仏法上深い意義をもっています。子丑は陰の終り・死の終り、寅は陽の始め・生の始めを意味しますが、釈尊を初めとする多くの仏様もこの丑寅の時刻に成道(仏様となること)したのです。すなわち、文永8年9月12日の子丑の刻は、大聖人の凡身としての死の終りであり、寅の刻は大聖人の御本仏としての生の始まりなのです。この時大聖人は、凡夫のお立場から末法の御本仏としての真実の姿を顕わされたのです。

 これを仏法上では発迹顕本(ほっしゃくけんぽん=仮の姿をはらって真実の仏の姿を顕す)といいます。
 この発迹顕本とは、仏でない者がはじめて仏になる、ということでなく、いわば最初からの仏が、それを民衆に証明なさることであり、証明された後は真の仏の御振る舞いをなさるのです。
 ゆえに、この竜口法難以後、日蓮大聖人は御本仏としての御立場の上から、いよいよ本格的な活動を始められるのであります。

 日蓮大聖人は、佐渡配流中において『生死一大事血脈抄』『諸法実相抄』『当体義抄』等、五十篇を超える多くの御書を著されています。その代表的な著述書に『開目抄』と『観心本尊抄』が挙げられます。
 大聖人は「法門の事はさどの国へながされ候ひし已前の法門は、たゞ仏の爾前の経とをぼしめせ」(三沢抄 新編1204)
と仰せられ、発迹顕本される以前と以後との法門とその御化導には、大きな違いがあることを教示されています。          すなわち、佐渡以前は上行菩薩の再誕として題目弘通を中心とした御振る舞いでしたが、発迹顕本されて 以後は、御本尊を顕され、末法の御本仏としての御境界のうえから御化導されているのです。

 そこで、毎年9月12日に御難会法要をおこない、大聖人に対し仏恩報謝(ぶっとんほうしゃ)申し上げると同時に、未曾有の迫害とそのご苦労を偲び奉り、広宣流布(こうせんるふ)を誓うところに御難会法要の意義があります

【ぼたもち】
 日蓮が世の中を惑わしたという罪で龍の口(たつのくち)の刑場へひかれて行く時に、桟敷尼(さじきのあま)が胡麻のぼたもちを差し上げたことにちなんで行われる。
 かって源頼朝が寺の裏山に桟敷(展望台)を設けたことから、のちに住んでいた尼は桟敷尼と呼ばれた
 急を聞いた桟敷の尼が、なにか最後のご供養をと考えたが、急であったため餡をつくる時間が無く、きな粉と胡麻をまぶして牡丹餅を作り日蓮に献上したという説や、ただの餅を献上申し上げたが、落として砂がついてしまい、そこから胡麻のぼたもちになった
 日蓮宗では「御難の餅」という胡麻のぼたもちを作って供える。また「難除けぼたもち」「首つなぎぼたもち」などと呼ばれている。

 今年は、大震災に続いて、先日も零人にない台風の影響で大勢の方が亡くなりました。
 有り難いことに我々は生きています。
 命の尊さは誰でも自覚しています。その尊い命とつり合うほどの生き方を私たちはしているでしょうか。
 この尊い命を持って尊く生きるためには、命を仏にまいらせる信心でなければなりません。御本尊を根本にした生き方を身につける為に、唱題行があり、唱題を通して心身に振る舞っていくことが、日蓮正宗の信心といえましょう。
                         竜口の法難会の砌  御住職


  
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 御 会 式
  御会式の意義 
 -日蓮大聖人は三世常住の本仏-


 御会式(おえしきとは、末法(まっぽう)御本仏(ごほんぶつ)である宗祖日蓮大聖人(しゅうそにちれんだいしょうにん)様が弘安(こうあん)五年(一二八二)十月十三日の御入滅され、滅不滅・三世常住のお姿を示されされたことをお祝いする儀式です。
 大聖人様は、今から七百二十余年の昔、弘安五年十月十三日、
武州(ぶしゅう)池上(いけがみ)右衛門大夫宗仲(うえもんたいふむねなか)(やかた)において大勢の弟子(でし)や信徒が読経(どきょう)唱題(しょうだい)申し上げる中で安祥(あんじょう)として御入滅(ごにゅうめつ)あそばされました。
 
日興上人(にっこうしょうにん)の『御遷化記録(ごせんげきろく)』等によると、御入滅は辰の時とあるので今の午前八時頃になりますが、その際、大地が振動し、庭の桜に時ならぬ花が咲いたと(しる)されています。まことに末法の御本仏の御入滅を、宇宙法界(ほうかい)の生命が挙げてこれを惜しむと同時に、滅不滅の仏法をお祝い申し上げた様を彷彿(ほうふつ)として偲ぶことができます。
 御会式の意義については、まず第一に
久遠常住(くおんじょうしゅう)の仏の非滅現滅(ひめつげんめつ)非生現生(ひしょうげんしょう)の不可思議の御命を拝さなくてはなりません。大聖人様が御本仏であらせられるということは、そのまま法界の大生命体たる南無妙法蓮華経であるということでもあります。そしてまた、この世に身を受けたことは一個の個に過ぎないということです。一個の個に過ぎない示同凡夫(じどうぼんぷ)のお姿も入滅することによって法界の大生命体に帰一(きいつ)することになります。
 大聖人様の御入滅は、
一往(いちおう)無情(むじょう)のように見えますが、大地が振動し、桜が開花したことは事実の上において、現有滅不滅(げんうめつふめつ)であり、無情常住(むじょうじょうじゅう)?時相即(ぐじそうそく)がまことの諸法実相(しょほうじっそう)であることを示すものです。
 また、この
凡夫即仏(ぼんぷそくほとけ)依正不二(えしょうふに)色心不二(しきしんふに)生死不二(しょうじふに)相即(そうそく)こそは、仏法の教えの根本であり、種々の教えは結局、この不二相即(ふにそうそく)に帰すのが本意です。これを如実に示されたのが御入滅なのです。
 さらに、仏様は三世にわたって
三身(さんじん)が常住すると説かれますが、そのお姿やお住まいはどうかということが問題です。このことについて法華経(ほけきょう)の『寿量品(じゅりょうほん)』に次のように説かれています。
 すなわち、仏様は三世に常住されるのですが、常に住していると、衆生はいつでも仏様にお会いできると安心し、つい
仏道修行(ぶつどうしゅぎょう)を怠ります。そこで、衆生教化(しゅじょうきょうけ)のために 一つの方便(ほうべん)として寂滅(じゃくめつ)の相を現し、衆生に仏様には永く値い難いとの思いを(いだ)かせ、仏道修行を(すす)められるのです。
 では、寂滅の相を示された後は仏様の生命はどこにおわすのでしょうか。それは大聖人様が
「日蓮がたましいをすみにそめながしてかきて候ぞ」(御書 六八五ページ )と仰せのように、それは十界互具の
大曼荼羅(だいまんだら)の中にあらせられ、就中、大聖人様出世(しゅっせ)御本懐(ごほんかい)たる「本門戒壇(ほんもんかいだん)大御本尊(だいごほんぞん)」として住されているのです。
  したがって、私たち末法の
衆生(しゅじょう)は、この御本仏大聖人様の御魂たる本門戒壇の大御本尊様に心身を任せて信行(しんぎょう)(はげ)むとき、即身成仏(そくしんじょうぶつ)大利益(だいりやく)を得ることができるのです。
                             -東京第二布教文書No38-


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初 参 り
 本宗では、生れた子をはじめて日蓮正宗寺院に参詣させることを「初参(はつまい)り」と称しています。子供の初参りは、世間では生後三十日前後、あるいは百日前後と、地域の風習によってさまざまですが、本宗では特に何日目という定めはありません。乳児の生育の様子などによって日を決め、所属寺院にはできるかぎり家族揃(そろ)って参詣することが望ましいでしょう。ここでは御授戒をいただき、子供の健やかな成長と法統(ほっとう)相続を御本尊に祈念します。
 日蓮大聖人は、
「就中(なかんずく)、夫婦共に法華の寺者(じしゃ)なり。法華経流布(るふ)あるべきたね(種)をつぐ所の玉の子出で生れん。目出度(めでた)く覚え候ぞ。色心二法をつぐ人なり」四条金吾女房御書 新編464
と仰せられているように、妙法を受持する夫婦の間に生れる子供は、信心を受け継ぎ、正法流布の担い手としてこの世に生れてくるのです。
 したがって本宗の初参りは、世間的な人生の慶事としての意味ぼみではなく、広布の人材として成長することを願う大切な儀式なのです。

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 五三祝い
 子供の成長の節目とする、三歳の男女児、五歳の男児、、七歳の女児を対象に、毎年十一月十五日に七五三祝いが行われます。
 本宗では、一応世間の風俗にならって、七五三祝いの日に寺院でその祝儀(しゅうぎ)を行います。これは悪鬼の宿(やど)る神社に詣でるのを防ぎ、正法の寺院に参詣せしめるというという目的から行われています。
 日蓮大聖人は、
女子(おなご)は門をひら(開)く、男子(おのこご)は家をつ(継)ぐ。日本国を知りても子なくば誰にかつ(継)がすべき。(たから)を大千にみ(満)てゝも子なくば誰にかゆづ(譲)るべき。されば外典(げてん)三千余巻には子ある人を長者といふ。内典五千余巻には子なき人を貧人といふ」(上野殿御返事 新編一四九四)
と仰せられて、子供は無上の財であると教えられています。すなわち、正法を(たも)った親にとって子供は、大聖人の仏法を受持し、広く流布していくための大事な後継者であることから財といえるのです。
 また、十一月十五日は第三祖日目(にちもく)上人の祥月(しょうつき)命日にあたっています。広宣流布の(あかつき)には、日目上人が出現されるという、宗門古来のいい伝えがあります。
 したがって、この意義ある日に寺院に参詣して仏祖三宝(さんぼう)に御報恩申し上げ、未来における広布の(にな)い手である子供の息災(そくさい)と成長、さらに信心倍増を祈念することが大事なのです。日蓮正宗入門 

    
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成人式
 本毎年、「成人式」に合わせ、満二十歳を迎えた青年男女を対象として、本宗寺院においても成人式 が執り行われます。
 成人とは、一般的には「成年に達した人」との意で、大人としての自覚と責任のうえから、社会人 としての良識ある振る舞いが求められる年齢に達した人をいいます。
 本宗信徒は成人式において、無事、成人を迎えたことを御本尊に報恩感謝申し上げるとともに、両 親をはじめとする自らを育んでくれた人々の恩の恩を自覚し、生涯、不退転の信心をもって広布の人材と して精進していくことを誓うことが肝要です。
 日蓮大聖人は、
 「法華を識(し)る者は世法を得(う)べきか」観心本尊抄(かんじんのほんぞんしょう)662
 と、法華経を信仰する人は、世間の道理をも弁(わきま)えることができると仰せです。すなわち、正しい信仰 に励むことによって、確固たる人生観を築き、社会人としての良識が培われ、さらに立派な人格・品性もおのずとそなわっていくのです。
 したがって成人式は、成人を迎えたことを機に信仰を深化させ、たゆまざる実践修行の積み重ねをもって、一段と成長した人間となりゆくことを決意する日としたいものです。日蓮正宗入門より 信徒の心得

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結 婚 式
 結婚式は、寺院御宝前において執行(しっこう)することを基本とします。ここでは、読経・唱題の後、三々九度の盃(さかずき)を交わし、末永い夫婦の契(ちぎ)りを結ぶことを御本尊にお誓いします。
 これは、正法を受持した夫婦が、その信心を基盤として健全な家庭を築き、御本仏大聖人の広大な大慈悲に報(むく)いるため、正法興隆を期して精進し、また合わせて家運の興隆(こうりゅう)、子孫の繁栄を祈り、法燈(ほっとう)相続を願うという深い意義が込められています。        
 本宗信徒は、これらの意義を弁(わきま)え、神社やキリスト教会などで婚儀を行うことは慎むべきでしょう。
 大聖人は、夫婦のあり方について、 
 「をとこ(夫)ははしら(柱)のごとし、女はなかわ(桁)のごとし。をとこ(夫)は足のごとし、女人は身のごとし。をとこは羽のごとし、女はみ(身)のごとし。羽とみとべちべちになりなば、なにをもってかとぶべき。はしら(柱)たう(倒)れなばなかは(桁)地に堕ちなん。いへ(家)にをとこなければ人のたましゐ(魂)なきがごとし」(千日尼御返事 新編1476)
と、一心同体をもって和合することが大切であると示されています。結婚を控えた二人は、その深い因縁と意義を自覚して婚儀に臨(のぞ)むべきです。日蓮正宗入門より 信徒の心得

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葬 儀
 葬儀は、故人の即身成仏を御本尊に願って行う大事な儀式です。
この葬儀に奉掲する御本尊は、故人を寂光浄土へ引導し即身成仏せしめることから、「導師御本尊」「導師曼荼羅」と称されます。曼荼羅の功徳について大聖人は、
 「此の曼荼羅は文字は五字七字にて候へども、三世諸仏の御師、一切の女人の成仏の印文なり。冥途にはともしびとなり、死出の山にては良馬となり、天には日月の如し、地には須弥山の如し。生死海の船なり。成仏得道の導師なり」(妙法曼荼羅供養事 新編689)
と仰せられています。 葬儀に際しては、所属寺院より故人に対して戒名が下付され、僧侶の導師のもとに読経・唱題・回向が行われます。大聖人は、
 「今日蓮等の類聖霊を訪ふ時、法華経を読誦し、南無妙法蓮華経と唱へ奉る時、題目の光無間に至って即身成仏せしむ」御義口伝 新編1724
と仰せられているように、この葬儀によって故人は大御本尊の功徳に浴し、成仏を遂げることができるのです。喪主や遺族は、導師の読経に唱和し、故人の即身成仏を心から祈念していくことが大事です。
 なお、葬儀に白木の位牌を用いますが、五七日忌・七七日忌等の法要を終えた後、自宅の過去帳に戒名を記入していただき、位牌は寺院に納めます。日蓮正宗入門より 信徒の心得


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法 事
 法事は、故人の忌日や年忌等の際に、寺院に願い出て営む法要です。これには、初七日忌から七七日忌(四十九日忌)、百箇日忌、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌、二十三回忌、二十七回忌、三十三回忌、五十回忌等があります。ここでは、故人の菩提を期して、僧侶の導師のもとに読経・唱題し、塔婆建立の功徳をもって、追善供養を行います。この法事を修することにより、故人はその節目節目に御本尊の功徳に浴し、遺族もまた功徳善根を大きく積むことができるのです。
 大聖人の御在世には、富木入道が母親の三回忌にあたり、下総から身延の大聖人のもとへ参詣して追善供養を願い、また、阿仏房の遺子・藤九郎守綱も、親の遺骨を抱えてはるばる佐渡より身延に登山し御回向を願われています。そのほか曾谷入道、千日尼、形部左衛門尉の女房等も、親の年忌に追善供養を行ったことがうかがえます。大聖人は、
「其の時過去聖霊は我が子息法蓮は子にはあらず善知識なりとて、娑婆世界に向かっておがませ給ふらん。是こそ実の孝養にては候なれ」(法蓮抄 新編820)
と仰せられ、真心からの追善供養を営まれた信徒を称讃されています。
 また寺院では、永代回向願や大過去帳記入願による追善回向が行われています。
 なお、法事を自宅で行うときは、仏壇の清掃にも心を配り、仏供と季節の果物や菓子、お酒などを御本尊にお供えし、精霊用のお膳があれば精進料理を供えます。ただし、魚や肉のほか、五辛(にら・らっきょう・ねぎ・にんにく・しょうが)は避けます。 日蓮正宗入門より信徒の心得


 
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塔婆供養
 塔婆供養(とうばくよう)自他(じた)共に成仏(じょうぶつ

 日蓮正宗(にちれんしょうしゅう)の各寺院においては、先祖や故人の命日・年忌、春秋の彼岸(ひがん)盂蘭盆(うらぼん)などには、追善供養(ついぜんくよう)のため、塔婆を建立し、法要(ほうよう)を執り行います。
 塔婆とは、
五輪(ごりん)が刻まれた板に妙法蓮華経の題目と各家先祖代々の霊や故人の戒名(かいみょう)・俗名等を(したた)めます。そして御本尊(ごほんぞん)のもとで読経(どきょう)唱題(しょうだい)回向(えこう)すると感応妙(かんのうみょう)原理(げんり)により、その塔婆は仏界(ぶっかい)(げん)じ、(しん)の追善供養が為されるのです。
 
日蓮大聖人様(にちれんだいしょうにんさま)は、
 「
丈六(じょうろく)のそとばをたてゝ、其の(おもて)に南無妙法蓮華経の七字を顕はしてをはせしませば、(略)過去の父母も彼のそとばの功徳によりて、天の日月の如く浄土をてらし、孝養(こうよう)の人並びに妻子は現世(げんせ)には寿を百二十年持ちて、後生には父母ととも霊山(りょうぜん)浄土にまいり給はん」
と仰せられ、塔婆供養によって
寿命(じゅみょう)()ばし(つね)仏様(ほとけさま)慈悲(じひ)をうけることが出来る等、亡くなった人はもちろん、供養した人もまた大きな功徳を受けることが出来るのです。
 「いかにもいかにも追善供養を心のおよぶほどはげみ給ふべし。」
と仰せのとおり、真心からの追善供養を行うため、日蓮正宗の寺院にご
参詣(さんけい)下さい。

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祈念願い
 「祈念」とは、一般に祈祷(きとう)・祈願・祈請(きしょう)などともいわれ、神仏に対し心願を込め自他の(わざわ)いを払い、幸福と利益を祈り求めることをいいます。
 日蓮正宗信徒は、寺院に当病平癒(とうびょうへいゆ)や安産祈願などの諸祈念を願うことができます。
 寺院へは、本人が参詣して導師の僧侶とともに読経・唱題・祈念することが肝要です。
 日蓮大聖人は、
「祈りも又()くの如し。よき師とよき檀那(だんな)とよき法と、此の三つ寄り合ひて祈りを成就(じょうじゅ)し、国土の大難をも払ふべき者なり」(法華初心成仏抄 新編1314)
と仰せられ、よき師(僧侶)、よき檀那(信徒)、とよき法(南無妙法蓮華経)の三事が相応して、諸願も成就すると説かれています。
 また、祈りの姿勢について、
「あひかまへて御信心を出だし此の御本尊に祈念せしめ給へ。何事か成就せざるべき」(経王殿御返事 新編685)
と示され、祈念の成就には強盛(ごうじょう)な信心をもって唱題することの大事を教えられています。
 なお、寺院への諸祈念願いとして、
 当病平癒祈念・安産祈念・命名祈念・(やく)払い祈念・進学就職祈念など、
その願旨も多種多様ですが、要は、正法を信ずる者は、南無妙法蓮華経の御本尊の御威光(いこう)倍増と、御本仏大聖人の御加護を祈り、その御利益によって、必ず一切の諸願も成就するとの確信に立つべきなのです。
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