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 【信心の原点(改訂版) 東中国布教区編より抜粋】
 所作仏事(宗化儀の理解のために)
 

御祈念の在り方=同じ信仰をしていても、御本尊に願う事、求めるものは様々です。それはつまり人それぞれに現在の境遇、置かれた立場、歩んできた人生などが違うからです。そしてその違いはどこから来るかと言えば、過去世からの各々(おのおの)の宿業(特に謗法の罪障)と、また今世に生まれてからでも、謗法の執着などによって、現在不幸を感じている人もあるのです。
 よって、自分の願い・ 祈念を成就(じょうじゅ)せしめるためには、先ず現在にまで至る自らの因縁(いんねん)を考える事が大切で、それを突き詰めていけば、謗法罪障消滅をしなくてはならぬとの重いに至ります。我々の苦るしみの根源、不幸の原因は、謗法にあるのです。
 それではその謗法罪障消滅はどうして出来るのかというと、この度めぐり合った正法の信心を現在未来に亘って更に進めていく事であり、それ以上に、いまだ信心していない人々を教化して、正しい法に導くと言うことです。それが則ち、広宣流布の御祈念となり、折伏行の実践となるわけです。


四座のまとめ=『祈祷抄』(六三〇頁)に、「白烏(はくう)の恩をば黒烏(こくう)に報ずべし。聖僧の恩をば凡僧(ぼんそう)に報ずべし」とあります。 
 大聖人の仏法を信仰する者は、ただ単に自分の目先だけの願いをかけ、望みを(かな)えてもらうのが信心だと、短絡的(たんらくてき)に考えてしまってはいけません。()い難き仏法に()えた御恩を、今度は多くの未入信の人々へも勧めて、導いていくという大願を起こす事が、自らの罪障消滅となり、所願満足に(つな)がるのです。三座の仏祖三宝尊への御報恩をふまえた上で、四座の祈念があるのですから、下種三宝尊への知恩報恩を旨とした四座の観念を致しましょう。


五座=歴代上人の御命日回向(えこう)、また親をはじめ自分に有縁の精霊(しょうりょう)の回向、さらには、今勤行をして積んだ功徳を、法界万霊に回向していくことを願って終わります。


歴代上人の御回向=お経本のご観念文にはありませんが、過去帳を見て、その日が御命日に当たっている歴代上人の、御報恩感謝徳を申し上げます。
 三座でも、日目上人に続いて、日道上人日行上人等歴代上人への報恩感謝徳は申し上げておりますが、五座では特に、その日御命日である上人に、御報恩回向を申し上げるのです。(「総本山第○世○○上人御命日忌御報恩謝徳の御為に南無妙法蓮華経」鈴一打、つづいて過去帳記載の法難等の観念をします。「文永八年九月十二日宗祖日蓮大聖人竜ノ口御法難御報恩謝徳の御為に、南無妙法蓮華経」鈴一打。)
  
  

有縁の精霊の回向=自分の亡き親や兄弟、先祖累代(るいだい)の諸精霊の追善供養を致します。故人は仏道修行ができませんから、生きている者が、故人に変わって功徳善根を修し、回向するのです。亡くなった人を回向することを、後から追って善事を為すということで、追善供養また追福作善と言います。
 

父母への報恩=大聖人様は、「此の経(法華経)は内典の孝経なり」(五六三頁)と説かれ、また『上野殿御消息』(九二三)には、「法華経を持つ人は父と母との恩を報ずるなり。我が心には報ずると思はねども、此の経の力にて報ずるなり」と仰せです。法華経をもって回向することは、父母を成仏せしめることであり、最高の親孝行になるのです。 また『法蓮抄』(八一九)には、法蓮法師(ほうれんほっし)(曽谷教信殿のこと)が毎日読誦する自我偈(じがげ)はそのまま仏様の姿となって、亡き父の精霊の所にまで尋ねてゆき、故精霊を助けるであろうと、わかりやすく説かれています。

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