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   第二十回慈本寺支部総会の砌

 小橋道芳御尊師

 
 みなさん、第二十回慈本寺支部総会、誠におめでとうございます。
 本日は早朝から出発され、それぞれ大変だったと思いますが、無事に本山にて総会が開催でき大変嬉しく思う次第です。
 また、先程は会計報告のFさん、監査のMさん・Oさんの感動的な体験発表・講頭さんの力強い激励、誠にありがとうございました。
 本日お集まりの皆さんが、それぞれ心に留めて、今後の信心の資糧(かて)にしていただきたいと思う次第です。
 先程、Oさんのお話にありました、Tさん・OさんをはじめUさんが折伏されたMさん、また慈本寺支部に移籍しました私の両親もこの会場におりますので、御紹介したいと思います。

 第一に【何としても御命題の達成を成し遂げよう】という事です。
 「広布前進の年」も既に四月に入り、皆様には折伏誓願の達成へ向けて日夜、御精進のことと思います。
 御法主日如上人猊下は、今月の広布唱題行の砌、
 『我々は値い難き人界に生を受け、さらに値い難き仏法に値い奉り、一閻浮提第一の大御本尊に巡り値うことができました。この喜びは千言万語(せんげんばんご)をもってしても言い表すことのできない無上の喜びであります。
 私達は、このたぐいまれなる深い因縁に心から感謝するとともに、仏祖三宝尊へ対し奉り、衷心より御報恩謝徳申し上げていかなければなりません。と同時に、この功徳と歓喜を受け身として、自分一人だけのものとしていたのでは、せっかくの功徳も半減してしまいます。
 大聖人様は、人間の持つ様々な苦悩と不幸の原因は、すべて謗法の害毒によると仰せられ、その謗法を払い、功徳を積んでいくことができる唯一の方途こそ、折伏であると仰せられています。つまり、折伏することによって、我々は無始以来の謗法の罪障を消滅し、現当二世にわたる功徳を受けて、自他共に幸せになることができるのであります。』
と御指南されています。
 大事な事は、歓喜と報恩感謝をもって生活し、人にも語っていくということであります。これが簡単なようで、実は一番難しい事なのです。なぜなら、この信心は、正しいが故に、難信難解と申しまして、信ずることも理解することも大変難しい教えだからです。
 ですから、すぐに我見に陥りやすく、また、『なぜ信心をしているのにこうなるのか?』と疑いを起こしがちになるからです。
 今年の支部総会には、残念ながらY・Tさんはおられません。
 覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、昨年の総会では、命がけで信心根本に仕事に打ち込まれた方だからこそ語れる深いお話をいただきました。
 要約して紹介しますと,

 私は、御本尊様に三つのことをお願いしています。
 一つ目は、唱題の鬼にさせて下さいということ。
 二つ目は、折伏の鬼にさせて下さいと御祈念をしています。
 三つ目は、立正安国論に基づく広宣流布です。その為に私はこの自分の命を懸けようと思って居ります。
 私の希望は、やはり立正安国論に基づき、広宣流布し仏国をつくり、最期に私の屍を御本尊様に差し出したいと思っています。私の体験から話しますと、お金なんか欲しいと思ったことはありません。毎日、楽しいから仕事を頑張っているのです。お金はいらないといっても、御本尊様が「娑婆世界で稼いで来い」というもので、取っとけ取っとけと言わんばかりに入ってくるので、お金をもらっているようなものです。本当にお金が欲しい欲しいと言っているような人には、楽しんで仕事をやっていけば御本尊様からの功徳によって取っとけ取っとけとお金は使い切れないようにやってきます。
 私は本当に折伏の功徳はすごいんだなと感じております。
 これから是非、若い方々に折伏の鬼になってもらいたいなと心から願っております。
というものでした。昨年の今頃は、Yさんは、膵臓癌で余命一ヶ月と診断され半年が経過しておりました。
 どこに病気の身でありながら、そんな体力があるのかと思うほど、仕事に折伏に励まれていました。寿命を御本尊様に一年以上も延ばしていただき、最後はロウソクの炎が燃え切ってフッと消えるように穏やかに亡くなられました。
 先程のYさんのお話は、私を始め講中への遺言としてしっかりと受け止めていきたいと思います。
みなさん いかがでしょうか?
 我々は、これを契機に、今一度信心の姿勢を正していかねばなりません。
 その人の信心状態が一番顕著に顕れるのが、御本尊様の前に座ったときの姿勢であります。
 猊下様が、小僧さんに、最も重要視され厳しく仰せになられるのが勤行の姿勢です。
なぜならこれが、信仰の基本だからです。
 以下に紹介しますので、自己点検して下さい。
しっかりと合掌し、キョロキョロせずに御本尊様の妙の字を拝しているか
体を動かさず、背筋を伸ばして座っていられるか
しっかりと声を出し、口を大きく開けて発音できているか
お経本をよく見て、正確に唱えているか
早さは自分勝手でなく他の者に合わせているか
身に油断怠りなきよう、心に余念雑念がなく出来ているか
体中が歓喜で躍動しているか
皆さんいかがでしょうか?
 最高の法を持っていること、イコール、自分が直ちに完成された勝れた人間であるという事は、錯覚でしかありません。
 我々は、日々煩悩に振り回されている、悩み多き凡夫でしかありません。そのために、御本尊様のもと修行をしているのです。修行もせず、ただ功徳のみを欲しがる信心姿勢では何も得られません。
 また、大聖人が仰せのように、慢心は特に誡めなければなりません。
 スポーツ界でも、北京オリンピックの男子柔道金メダリストである石井選手は、口が災いして柔道界にいられなくなりました。横綱の朝青龍やボクシングの亀田親子も同様で実力があっても慢心を起こし、自分で自分のクビをしめる結果になっています。
慢心は自分自身に対する評価を誤らせ、更なる向上を目指す努力を鈍らせるばかりでなく、他人に対しても、その人間関係において、種々の不信感やトラブルを生んでいくもととなってしまいます。
 これらは、成仏の妨げにもなり、常に謙虚に自分自身を冷静に見つめることが必要です。
 皆様におかれましては、本日の総会を契機に、各自の信仰の姿勢を見直され、本年の御命題完遂に向け、共々に頑張って参りましょう。
 ありがとうございました。
           


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