『日蓮仏法をこヽろみるに、道理と証文とにはすぎず。又道理証文よりも現証にはすぎず三三藏祈雨事 御書874頁 

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 体験発表
    
  G G地区Aさん
 
    
 皆様 こんにちは G地区のA・Kと申します。第25回支部総会おめでとうございます。 
 今日は2回のガンをわずらい、それをご本尊様のもと、乗り越えた体験を、お話しさせていただきます 
 1回目は、平成20年3月7日に乳ガンの告知をされました。
 2月の末に、朝めざめた時なんとなく体に少々かゆみがあり、何気なく体をさわっていたところ右胸の下の方に違和感がありました。
 寝ぼけてもいましたので、何回か押したりしてさわってみましたが、途中で消えてなくなったりもしていました。
 その時は、本当に小さいので、自分ではよくわかりませんでした。
 その事を主人に何気なく言いましたら、もしかしたら乳ガンかも知れないので、すぐに病院に行くように言われました。
 さっそく立川災害医療センターに行きました。たまたま一番新しいマンモグラフィーの機械が入った所でした。
 病理検査をやってもらい、1週間後の3月7日に来るようにといわれました。その日は、ちょうど私の誕生日でした。  
 先生から、
「残念ですがやっぱり乳ガンですね」
と言われました。
 その時、私の気持ちはすでに決まっていました。
 前日までの朝晩の勤行、唱題のときにしっかり腹が決まり、
「もし乳ガンだったら早く手術をして元気になるんだ。普通に仕事に復帰して、広宣流布の為に動かなくてはならない。」
と思い、不思議に不安などはありませんでした。
 3月18日に手術が決まりました。小橋御住職様より、もったいなくも御秘符を頂き闘病(とうびょう)平癒(へいゆ)のご祈念をして頂きました。 
 とにかく手術が成功して、今迄どおりに体が動き、痛みもなく普通の生活ができる様にと、手術の日まで毎日6時間の唱題を真剣にあげてのぞみました。 
 手術は、4時間30分位かかると言われましたが、3時間30分で終わりました。入院している間は、勤行と一時間の唱題をベットの上で一生懸命にあげました。
 又、その間には、小橋御住職様と奥様にお見舞いに来ていただき、本当に有難い思いで一杯でした。 
 手術の経過も良く8日間で退院し、3日後には出社して普通の生活に戻ることができました。会社の人達はみんな驚いていました。
 ちょうど1週間後は、連合会の登山でしたので登山会も参加することが出来ました。
 4月に入り、会社に行きながら25回の放射線の治療に毎日通いました。そして、いよいよ6月から、抗ガン剤治療に入りました。20回の抗ガン剤治療をやるのに10ヶ月程の期間がかかり、翌年の2月迄治療を行うと先生から説明を受けました。 
 通常抗ガン剤治療には、副作用があります。髪の毛は抜け、内臓はおかされ、食欲はなくなり、体はだるく手や足の爪の色が変わり末梢神経がおかされ、しびれがでるなど様々です。 私の場合はこのような副作用がほとんどなく、毎日の生活はもちろん、お寺の活動、仕事、家事など普段どおりにできて、不思議な位でした。
 本当にありがたいとつくづく思います。
 ただ髪の毛は抜けてしまいました。私は、仕事が保険の営業なので最初から、バリカンで髪の毛を剃ってもらい、治療中は、二つのカツラを使い元気に頑張っていました。(今日はカツラではありません!) 
 お客様は皆、私があんまり元気なので本当に乳ガンなの? と不思議に思っていたようです。
 乳ガンから3年が経ち、半年の検査で今度は肺に少し影があると言われ、検査をした結果、肺ガンだという事がわかりました。 
 私は先生に聞きました。
 「今回は転移でもなく、再発でもなく何なのでしょうか?自覚症状も全くありませんでしたが、私はガン体質という事ですか?」
と聞きましたら、いとも簡単に
「そうですね」
と言われました。
「それじゃあ早くとって下さい」
とお願いし、平成23年8月2日に入院をして3日に手術をしました。
 本当に初期でしたし早く見つかったので
「ステージ1のAで大丈夫ですよ」
と先生に言われました。
 今回は、2度目という事もあり、やはり不安でした。この手術によって右肺の下の3分の1をとり除きました。  
 しかし、経過も良く8日目には退院できましたが、その後少し下を向いたり体の角度を変えると咳がでました。  
 先生から、「手術のあと、取り除いた所に水がたまるので、咳が出てずっと苦しい様だったら、水を抜きますよ。」と言われましたが、しっかりと唱題をしていると不思議に咳は、全くというほどでなくなりました。
 手術から1か月後の9月に病院に行き、リンパ液を30か所から取り、検査しましたが、「どこにも転移はなく、もう完治しましたよ」と言われ、私は「えっ」と耳を疑いました。
 薬も処方されず、「3か月に1度のレントゲン検査で良いですよ。」と言われました。 
 私は、今回も乳ガンと同様に抗ガン剤治療をやる覚悟でいましたので、「本当にもう何もしなくてもいいんですか?」と先生に聞きましたら、先生も喜んで下さって、
「本当に良かったですね。もう少し遅かったらステージが上がりますので、その時は抗ガン剤治療をやっていました。」
と言われ、本当に心の底から、ご本尊様に感謝しました。 
 私は乳ガン、肺ガンと2回手術をしましたが、ただの1回も寝ることもなく普段どおりの生活ができ、又、広宣流布のお役に立てる事が最高の幸せだと、つくづく感じています。   
 ご本尊様から、命をいただいている私は、とにかく折伏をしていかなくてはと思い、それから真剣に唱題をあげ6人の友人の方達に、ご受戒を受けさせる事が出来ました。 
 一昨年の9月27日から折伏を達成するまでの11月9日迄、10時間唱題会を、44日間慈本寺支部で行いました。  
 私自身も、支部の人達も必死になって参加しました。 
 そしてこの年は、私自身も700時間の唱題をあげる事ができました。 

 私には、2人の息子がいます 息子達二人ともに慈本寺で小橋御住職様のもと、結婚式をあげさせていただきました。
 二男は、6年前にお付き合いしていた方を折伏して結婚する事ができました。子供も女の子が生まれ5歳になります。夫婦共に教職員として働いています。
 長男も、3年前に結婚しました。その時、彼女に日蓮正宗の話をしたら反対をされないか等の不安もあった様ですが、私たち夫婦も今こそ唱題をあげる時、と真剣にご祈念しました。  
 そして慈本寺に連れていき御住職様よりお話をして頂き、その結果、納得をして無事にご受戒を受ける事ができました。一昨年は、男の子も生まれうれしく思っています。

 遠くに住んでいますので年に3回ぐらいしか我が家には、帰って来ませんが、帰って来た時に私がしっかりと、信心の事や体験談の話をしています。
 私が、
「思いや、願いは必ず叶う。」
と言うと、お嫁さんは、真剣に聞いてくれ、
「私もお母さんのように頑張ります。」
と言ってくれます。
 たまに、電話をすると、
「私も勤行と題目をあげていますよ。」
と言ってくれます。その時は、涙が出るくらい嬉しくなります。信心を通して、この様な会話が出来る事は、本当に私達夫婦が望んでいたことです。この事は、700時間の唱題の功徳だとつくづく思います。  
 私は入信して55年になります。我が家も日蓮正宗に入信して父母から孫まで4代になります。これで我が家も法統相続ができたことをひしひしと感じることができます。 
 6年前、当時、私が勤めていた会社が破綻しました。ちょうどガンの治療を始めた時期と同じ頃です。
 その時は、もう仕事をするのを辞めようかという思いもありましたが、前の会社の上司の誘いもあり、個人代理店でもう一度一からやってみようと決意をし、現在も仕事をさせていただいています。 以前は、会社勤務でしたので色々と忙しく、毎日数字に追われている様な生活をしていました。又、お題目も仕事の契約の為に必死にあげ、それなりに結果は、でていました。  
 現在は、毎日2時間のお題目に挑戦し、折伏のご祈念を真剣にあげていると、不思議にお客様から連絡があり、契約をいただける様になりました。
 そして折伏ができて、2か月位すると、必ずといっていい程大きな契約に結び付く事があります。本当に不思議で、ありがたい事です。
 こういう経験は何回もあります。そして更にお礼のお題目が自然とあがります。
 これからも私に罪障が残っていれば必ず出るでしょう。でもそれはありがたいことです。 私は、ご本尊様に、ただひたすらに勤行唱題をしていけば、必ず良くなっていく事を、長い信仰生活の中で確信しています。
 御法主日如上人猊下様は、
「大御本尊への絶対の確信と強盛なる信心があれば、三障死魔は、もとより、いかなる障害が立ちはだかろうが、必ず乗りきっていけるのであります。」 
とご指南下さっています。
 これからも、平成33年に向かって、ますます張り切って折伏をして、広宣流布のお役に立てる様に、不自惜身命の精神で頑張って参ります。

 ご静聴ありがとうございました。


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