『日蓮仏法をこヽろみるに、道理と証文とにはすぎず。又道理証文よりも現証にはすぎず三三藏祈雨事 御書874頁 

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 体験発表
    
 A 青年部広布推進会 活動発表 慈本寺支部R・Mさん
 
 
       みなさんこんばんは。慈本寺支部のR・Mと申します。本日は私の活動状況などを、お話しさせていただきます。どうぞよろしく願い致します。
 私は両親が創価学会員で、生まれたときから創価学会の家庭で育ちました。しかし、両親ともそんなに熱心な信心はしておらず、朝の勤行だけはかかさず行っているようでした。
 平成9年に一家揃って創価学会を脱会、慈本寺の信徒になりました。
 その翌年、平成10年12月に、私の3歳年下の弟がバイク事故により18歳で他界しました。それまで全く信心をしていなかった私も弟の供養のために、初七日から四十九日までお寺に行き、お経日には参詣するようになりました。
 突然、息子を失った父と母。父が頼りない分、母はとても強い人でした。
 息子を失った母の耳には、バイク事故で子供を亡くした人の話が入ってくるようになりました。
 その内容は、 朝、いつもと同じように家を出た子供が、その晩には遺体となって、しかも「見れた状態ではないのでお母さんは会わないほうがいいです。」と言われ、次に会ったときはお骨だったとか。
 バイクの後ろに友達を乗せていて、自分は助かったけど、友達が亡くなり、しかも保険に入っていなかったとか。
 相手方の誠意がなく、自分の子供は亡くなったのに、事故から何年経っても保障について係争中だったりとか。
 今まで聞いたこともなかった事故の話を、なぜか母には聞く機会が増えたそうです。
 そういった話を聞く中で、弟はバイク事故で亡くなったにもかかわらず、とてもきれいな姿をしていたこと。今にも起きてきそうな感じで、未だに母は、あの時の死に顔を写真に撮っておけば良かったと言います。
 また、弟は18歳という若さで亡くなったので、葬儀には700人もの方が来てくださり、その方達みんなをご本尊様にご縁させることができました。
 火葬場にも、多くの友達が来てくれて、全員にお骨を拾ってもらいました。
 「弟は自らの命をもって「死」とはこういうことなんだと、みんなに教える使命にあったんだね」と母は言います。
 義理ではなく、みんなが本当に心から弟の死を悲しんでくれていたこと。
 亡くなり方にしても、弟は守られたんだ。と、母はことあるごとに私に信心の話をしてきました。
 母は常に前向きで、そんな母を私はとてもすごい母親だと尊敬していました。
 そして、5年程前、私は将来的なことを思いサービス業から事務の仕事に転職を考えていました。
 その時、母から「ご本尊様に祈ってみなさい」と言われ、それまでの常に前向きな母の姿を見てきた私は母のこの言葉を受け入れ、唱題をするようになりました。
 すると、私の希望通りの仕事が見つかり、また一般的に私の学歴では就くことが稀である弁護士事務所の事務の仕事に就くことができました。
 しかし、その数ヵ月後、当時お付き合いしていた彼とうまくいかなくなり、私は御講に参詣するようになり、朝晩の勤行もするようになりましたが、2人の仲はうまくいかず、結果的にその彼とは別れました。
 そんなことがあったので、慈本寺の大掃除の時に、M青年部長に「誰か素敵な人を紹介して下さい」と、お願いしたところ、拡大青年部長会に誘って頂くようになりました。
 不純な動機でしたが、これが青年部の活動に参加するきっかけとなりました。

 そして、4年前の12月に行われた東京第二地方部の青年部登山。
 この1泊登山で、私は劇的な法友との出会いをすることになります。

 それまで、お寺で会っても顔見知り程度だったM・Yさん。同い年でありお互い彼氏もいないなど共通点も多く、この1泊登山ですっかり意気投合し仲良くなりました。
 お寺に行けば、Mさんに会える!Rさんに会える!お互いそれまで以上に、お寺に行くのが楽しみになりました。
 平成20年のさいたまスーパーアリーナでの決起大会はMさんと一緒に任務者としてお手伝いさせて頂きました。
 この年、法忍寺支部の青年部の方々とお食事会をした時に「30万総登山の時に頑張った青年部の人たちは今は皆幸せな結婚をしているよ」とのお話を聞きました。
 平成21年立正安国論正義顕揚750年の大佳節の年は、絶対に悔いのない1年にしようと決めました。

 そして、4月からの100日唱題行。

 1人だと挫けそうになってしまいそうな時もありました。でも、毎日、Mさんとメールして、お互いを励まし合い、また出来るだけ一緒にお寺で唱題し、2人でやりきることができました。

 また、この1年はMさんと一緒に毎月の登山をさせて頂きました。

 「大好きな人と一緒に、桜が満開の塔中を仲良く歩くんだ」・「50年後!立正安国論正義顕揚800年の大佳節の年も、必ず登山してみせるぞ!私たちはおばあちゃんになっているけど、今度は孫も、ひ孫も家族そろって必ず一緒に登山するんだ!」「法統相続をしなければならない」と、Mさんと、いつもそう話していました。

 75000の記念総登山も、Mさんとともに登山させていただくことができ、そのときに河口湖インターチェンジで任務者の方がバスへ手を振ってくれているのが見え、「こんな遠いところから任務についてくださっているのか」と、私は感動で涙が止まりませんでした。

 また、Mさんと添書登山させていただいたとき、奉安堂に向かって歩きながら「私たちは幸せな結婚ができるだろうか・・・法統相続できるだろうか・・・」と話しているところへ、す〜っと私たちを追い越しながら「しっかり信心していれば大丈夫ですよ」と言って下さった御住職様がいらっしゃいました。

 私たちの会話が丸聞こえだった恥ずかしさよりも、どちらの支部の御住職様かは分かりませんが、ふとかけて頂いたこの言葉が2人ともとても嬉しく、また今まで励みになってきた、ということもありました。

 この平成21年は、壮年部の方と学会破折のチラシ配布をし、あきる野にある創価学会の会館のポストに入れたら青年部の人たちに取り囲まれたこともありました。

 また、自宅に来るエホバの人の破折のために、エホバの王国会館に行ってみたこともありました。

 青年部員と一緒に自宅近くの学会員のお宅へ折伏にも行きました。

 とにかく悔いのない1年にする!という思いですごしました。

 そんな折り、御住職様から、「うちの支部は未だに女子部が無く、初代女子部長となって慈本寺の女子部員を引っ張って欲しい。」とご依頼を受け、ありがたく受けさせていただきました。

 しかしながら、折伏がうまくいかず、御住職様に泣きながら電話をしたこともありました。

 信心に全く関心のない一回り年の離れた妹からは「どんなに祈ってもお姉ちゃんはいつも相手に振られてばかりじゃん。」と言われ。信心をしている父からは「お前の信心が足りないから法統相続ができないんだよ。悔しかったら結婚してみろ。」と言われ。悔しくてたまらなくて、泣きながらお寺に行ったこともあります。

 全てをさらけ出す私を御住職様も奥様も、いつも温かい笑顔で迎えて下さります。本当に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

 そんな中、八王子の三支部と慈本寺支部で開催された昨年夏の青年部交流会にて、Gさんという男性と出会いました。

 彼とお付き合いをしたくて、御祈念していましたがうまく進まず、その間に二十五年もの間共に暮らしてきた猫が死んだ事もあり、精神的にはどん底でした。

 ご住職様に聞けばうまく行かない理由が分かると思って、御祈念の仕方について、御住職様に相談しました。

 そこでご住職様にご指導をいただいたのが「法統相続・広宣流布のお役にたたせて頂くためにもGさんと結婚させて下さい」という御祈念の文を、「法統相続・広宣流布のお役にたたせて頂ける家庭をもたせてください」と変え、

 「彼から愛される女性になるために御仏智をお与えください」という文を、「彼がどうか信心根本に幸せになれますように」と自分中心の祈りだったものから変えること。

 さらにご住職様は、「彼と縁があるかどうかは、仏様にしか見通せないことであり、彼のことを想うのなら、純粋に彼の幸せを心から御祈念してあげてください。」という、化他の精神についてのご指導を頂きました。

このご指導をいただいたその日から、真剣にGさんの幸せを御祈念・唱題するようになりました。

 すると、彼の幸せを祈ると自分も幸せな気持ちになれているということに気付きました。

 「彼の幸せが自分の幸せであること」

 彼とお付き合いできなかったとしても、彼の幸せを祈り続けよう!

 そうして祈っていくと、「私の折伏の功徳で彼に幸せになってもらうんだ」と思うようになりました。

 唱題行はもちろんのこと、自宅周辺のチラシ配布、婦人部の方とのチラシ配布、支部折伏請願目標達成と折伏活動に励みました。

 すると、折伏活動が急激に進展しました。

 12月の広布唱題会後にお餅つきをすることになり、「お寺に縁するのに良い機会だ!」と、私はご近所の方や友人を誘ったものの断られ落ち込んでいました。

 しかし、「落ち込む暇があるなら唱題すべし!」と自分を励ました。

 そこへ、数年間全く連絡をとっていなかったA・Tさんから突然、「久しぶりにご飯でも食べに行かない?」と電話がかかってきました。

「ご飯は食べに行かないけど・・・今度、お寺でお餅つきがあるから一緒に行かない?」と誘ってみると、「いいね。行きたい」と返事をもらいました。

 お寺に行くのは断られると思っていたので、私の方が拍子抜けしてしまいました。

 「でも、タダでお餅が食べられる訳ではないんだよ。修行をするんだよ。1時間の唱題をして、その後お餅つきだからね。禅宗で言えば、1時間座禅を組むようなものなんだけど・・・それでも良い?」と聞くと「修行か。いいね!」と、また思ってもいなかった意外な返事が返ってきました。快諾は頂いたけど、お餅つきまでは10日程あったので、「行けなくなった」と連絡があるかも知れないな・・・と、正直、内心ではそう思っていました。

 広布唱題会当日、早朝にもかかわらずTさんを迎えに行き、無事にお寺にお連れすることができました。

 嫌がることもなく1時間しっかり唱題したTさんは、「何かスッキリした」と、何か感じるものが何かあったようです。

 お餅つきでは、講頭さんを始め、講中のみんながTさんに、信心の話をしてくれました。

 そして、飽きることなく、お餅つきの最後までお寺にいて、Tさんは片付けまで手伝ってくれました。

 帰りに御本尊様へご挨拶しに本堂に行くと、講頭ご夫妻が居て、帰ろうとする私に「折伏しないでどうするの!」と、講頭の奥様が高橋厚A・Tさんを引き留め、熱心に信心の話をしてくれました。

 そしてMさんも、唱題行からTさんの横に座り面倒を見てくれました。この時も一緒に信心の話をしてくれました。

 「唱題をしてスッキリしたのは、命が洗われたこと。この御本尊様に縁するのはとても大変なことであること。一緒に信心をしようよ。」などと講頭の奥様とMさんが話をしてくれている中、私はただただ、相槌をうつことくらいしかできませんでした。

 それぐらい、講頭の奥様もMさんもTさんに熱心に話をしてくれていました。その熱意に、私も圧倒されていました。

 1時間唱題してみて、何かを感じていたTさんはみんなの話を聞き、その場で入信を決意、御受戒を受け、折伏を成就することができました。

 御授戒の時には、みんなで歓喜の涙を流し、私も感動しました。

 正直なところ、私といえばTさんをお寺にお連れしただけであり、みんなの熱意によって折伏成就することができたのだと感じています。

 思えば慈本寺で、昨年の7月より行われるようになった夕勤行・唱題会に参詣するようになり、私は7月にGさんと知り合いました。それから、半年、この唱題会に参加し御住職様と講員さんと共に唱題することにより、Tさんを折伏させていただくことができました。

 お寺で御住職様と共に唱題すること。また御住職様のご指導に従っていくこと。そして自分の幸せではなく、相手の幸せを願っていくこと。

 そうすると自ずと縁のある方を折伏成就できるということを体験しました。

 嬉しいことはさらに続きます。このTさんの折伏の功徳により、Tさんを折伏した一週間後に、それまで私が片思いをしてきたGさんとお付き合いをさせていただくことができました! その後Gさんに話を聞くと、75000総登山の時、河口湖インターチェンジにいたのは彼だったことが分かり、その縁の深さに気づくとともに、感動しました。

 そのGさんとは、入籍も済ませ、赤ちゃんも授かりました。また来週は廣妙寺さんで結婚式をする予定です。

 この約三年。励ましあい支えあい切磋琢磨して、Mさんと二人三脚で、頑張ってきました。

 Mさんという素晴らしい法友に出会えたこと。また、小橋御住職様の元で信心させて頂けていること、そして慈本寺のみんなと信心させて頂けていることがどれだけ幸せであり、ありがたいことなのか。

 この御恩に心から感謝し、また御恩をお返しさせて頂くためにも。これからは旦那さんと一緒に、折伏、広宣流布に励んでいきたいと思います。

 ご静聴いただきまして、本当にありがとうございます。


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