『日蓮仏法をこヽろみるに、道理と証文とにはすぎず。又道理証文よりも現証にはすぎず三三藏祈雨事 御書874頁 

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 体験発表

 
  K 浄土真宗(念仏)の体験     
                     
本地寺信徒  吉田正信さん
     
  
 
 
 私はこの3月の末(平成20年)まで、浄土真宗西本願寺派の僧侶で、江戸時代後期から150年間続く帰命寺という寺の住職をしておりました。そんな私がこの総会で体験発表しているのですから、自分でも何が起こったのかと思っております。

◇妻が求めた、家族皆の幸せ
 入信のきっかけは、妻が、私が家族のことも忘れて念仏僧侶の仕事と寺を守ることばかりに明け暮れている姿を見て、いつも嘆き悲しんで、苦しんでいたことでした。

 ある日のこと、妻は友人の宮本さんに人生の相談を始めました。でも、宮本さんは、「あなたの悩みを解決するには、教えてあげたいけど、もし、あなたに私が教えたら、あなたの家がひっくり返るかもしれんのよ」

と言われました。でも必死だった妻は諦(あきら)めませんでした。

 「どうしても教えてほしいの」

と願ったのです。そうしたら宮本さんは、こう言われたそうです。

 「間違った宗教には害毒があるのよ。あなたの家はお寺で、念仏の教えの場所やで。そこでは絶対に救われることはないのよ」
と。

 「え、宗教の害毒」

と、妻は一層落ち込んで悩んでしまいました。

 でも妻は、宮本さんの言うとおりに、本当の幸せを求めて唱題を始めたのです。やがて、彦根市の本地寺にも行くようになりました。初めてお会いした御住職の宗像高道御尊師から、
 「あなただけが幸せになりたいのですか」
と尋ねられた妻は、
 「家族みんなで幸せになりたい」
と答えたそうです。妻が求めていたのは、自分だけの幸せではなく、家族皆の幸せでした。

 そしてある日、ついに妻は勇気を出して私に言いました。

 「お父さん。念仏では救われへんのよ。不幸になるだけや」
 「何おかしいこと言うてるねん。念仏がおかしいて、気が変になったんと違うか」
と、私は猛反対しました。それでも妻は、離婚を覚悟で私に言い続けたのです。
 あまりの妻の真剣さに私は、恐る恐る、本当に恐る恐る、彦根の本地寺に行ってみました。そうしたら御住職の笑顔と、「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」と大きな声で一心に唱えている皆さんの姿があるではありませんか。私は子供の頃から、南無妙法蓮華経は罪深い言葉だと祖母に教えられ育ってきたものですから、皆さんの真剣な唱題の姿を見て、
 「何でこんなに一生懸命に唱えることができるんやろう。なぜ、疑いもなくまっすぐに声を出して、真剣になれるんやろか」

と思いました。
 その日から私は、心では決して南無妙法蓮華経を信じていないのに、いつの間にか口から静かに、そして自然に、 「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」と御題目が湧いてくるようになってしまったのです。

 「なんちゅうこっちゃ」
 
 妻には冷たい言葉を吐いて猛反対している私自身が、車に乗っているときでも「南無妙法蓮華経」とつぶやくのでした。


◇息子が御住職と対面
 私には息子が2人います。大学生になる次男は、全身がアトピーで、入学したばかりの工業大学を、止むなく1年間休学しなければならないほどの状態でした。その時分は体も衰弱していて下宿先の寮の部屋の中に引きこもっていました。そして、精根尽き果てて、ある日、バイクで家に帰ってきました。折しも、私たち夫婦は本地寺の御住職とご縁をいただいて間もない頃でしたから、すべてのことを御住職に相談させていただきました。御住職は、「どんな形でもいいから、子供さんをお寺に連れて来なさい」と言われました。大聖人様を信じるとか、念じるとか、そんなことは何も言われませんでした。ただ「連れて来なさい」とだけ言われました。
 家に帰ってきた息子は、ある夜のこと、妻が目の前で「南無妙法蓮華経」と唱えているのを聞いて、
  「何、おかしいこと言ってるねん。お母さん、変や。気がおかしいなったんか。それ何やねん。僕がそのお寺に行って、住職に文句言うぞ」

と言いました。チャンス到来と、すかさず私が

 「そしたら今からすぐにお寺へ行こうか」

と言うと、息子も

 「よーし、すぐ行こう」

となって、早速、私は車を用意して息子を乗せてお寺に行きました。息子は車の中でもすごい剣幕でした。
 私の車はまっすぐ本地寺に向かっていました。後押しするかのように道中の信号も赤から青にすぐに変わりました。
 やがてお寺に着いて、本堂の玄関からではなく、客間の脇から上がらせていただき、パジャマ姿の息子は、御住職と対面しました。 いつもなら身なりを一番気にする息子がパジャマ姿で、しかも、それまで大剣幕で文句を言ってやると意気込んでいた息子が、御住職にお会いした途端、何も言えなくなりました。
 そして、御住職は息子に対して、

 「何も信じなくていいから。今の君は体も心もボロボロなんだって。だったら今日ね、寝る時に3回でいいから、『南無妙法蓮華経』って言ってごらん」

と言ってくださいました。
 息子はキョトンとして「はい」と静かにつぶやき、心を静めて家に帰りました。そして、御住職のおっしゃった通り、御題目を三唱だけして寝たのです。
 次の日の朝、息子が大声で叫びました。

 「お父さん。お母さん。顔の膿が消えてる。昨日の夜、3回、南無妙法蓮華経と言っただけなのに。何も信じていないのに。ほんまに見て。顔がきれいになってる」

と、涙ながらに言いました。私も妻も息子も、涙の中で真実を見せていただいたのです。


◇晴れて家族で入信
 私はこの2つの出来事により、念仏の中で生きることの愚かさを身に染みて悟らせてもらったのです。念仏では救われない。念仏は「仏様から信心を戴く」と言うが、妻も私も息子もその信心では救われなかったと実感しました。南無妙法蓮華経、つまり日蓮大聖人様の教えでしか、家族が一つにはなれなかったのです。
 この日から、御住職に相談しながら僧籍を返上して還俗する手続きやら、帰命寺の檀家総代や役員の方たちに住職を辞める事情を説明して、後任住職の選定を組寺の長に一任する手続きやら、引っ越しの段取りやら、毎日が慌ただしく過ぎていきました。
 そうして昨日、4月19日に本地寺の御宝前において、晴れて家族4人揃って御授戒を受けさせていただき、御本尊様を御下付戴きました。涙が心からも体からも湧いて出てきました。私たちの周りには兄弟、親戚や友人ではなく、本物の仏様・日蓮大聖人様と共に歩む本地寺支部の法華講員の皆様の応援の声、唱題の姿がありました。私たち家族は、日蓮大聖人様の教え、真実の仏法の道につかせていただくことができました。本物の仏様の教えこそが日蓮正宗なんだ。浄土真宗の僧侶であった私が心から言っているのですから、間違いありません。
 私たち家族には、本当の信心と、そして行動の日々が始まったのだなと思い、心から前進していく決意です。命を戴けたと感じています。
 私は浄土真宗の住職として帰命寺を捨てたのではなく、本物の仏様の教えを知った以上は、それまで私を慕って協力してくれたかつての檀家さんお一人おひとりを折伏していく人生が始まったのです。私は今でも帰命寺の檀家さんが大好きです。だからこそ折伏し、幸せにしてあげなければと思っています。そして、母や兄弟、親戚を一人ずつ折伏していく人生を生き抜こうと思っています。
 (大白法 平成20年6月16日号より)




   <吉田さんの浄土真宗への考え>

 ○浄土真宗は、自分から行として念仏をして幸せになろうという法門ではなく、阿弥陀仏が衆生に有無を言わさず救い取ることになっているが、真実の現証結果として念仏で幸せになれない。

 

 ○死後に西方極楽浄土に往生するというが、西方極楽浄土は架空の世界であり、阿弥陀仏は法華経で救われたこと。そして死後を願うから、この世を捨ててしまう厭世観が生まれ、自殺が多いこと。

 

 ○他人や周りの世相に左右され、悩み、自己決定がなかなかできず、自分の責任で課題や問題が起こったとしても、必ずと言ってよいほど、他人のせいにする。

 

 ○ほとんどのことを念仏の住職に任せ、法義、教学には一切興味を示さず、ただ仏罰が当たることを怖がって法事をするのが真宗の門徒の真実の姿であり、そこには本物の信心は生まれない!つまり亡き人や先祖の追善供養が自分の信心や実践でできないことが、非常におかしい法門である。

 

 ○今、一生懸命、生きている自分だけでなく、お母さんやお子さんにこの世で幸せになってもらうための祈りの心が純粋に生まれ、本当に幸せになれるのはこの日蓮大聖人様の仏法しかあり得ないこと。

 

 ○日蓮正宗は、日蓮大聖人様の本当の教えをきちっと伝承してきた唯一の宗門で、七百五十年の歴史の中でそれは変わらず脈々と受け継がれてきたこと。

 

 ○浄土は何も死んでからあるものではなく、今生きている娑婆世界にこそ建立されなければならないと、私たちに自分の御生涯のすべてをかけてお教えくださった大聖人様の仏法こそが、日蓮正宗であること。
                      (大白法平成20年11月16日号より)


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