『日蓮仏法をこヽろみるに、道理と証文とにはすぎず。又道理証文よりも現証にはすぎず三三藏祈雨事 御書874頁 

  ホーム法華講員のページ >  体験発表(現証)目次
 
 体験発表
    
   @ 慈本寺支部総会の砌 体験発表 F地区H・Oさん
 
 
       本日は慈本寺支部総登山の御参詣おめでとうございます。
 今回は私の体験発表をさせて頂く事になりました、宜しくお願い致します。
 私は、昭和四十四年八月、品川の妙光寺さんにて入信させて頂きました。
 祖母、母、私と学会三世として物心付く前から幼少、少年期を過ごし、色々な行事や会館への参加をしていました。そしてある日、母親より学会からの脱会、日蓮正宗で法華講員として正法に帰伏すると聞かされました。
 当時、少年だった私は、何故急に今迄あれだけやらされていた学会への批判をするのか?
 同じく行動を共にしていた正宗との分裂。同じ「南無妙法蓮華経」とお題目を唱えて広宣流布の為と信心して来たのに、何がどう違うのか?と最初はよく意味も理解出来ず、疑問に感じた事を今でも覚えています。
 そうした中で時間が経過し、大人になるに連れ、段々この信心から遠のき、益々、お山や菩提寺への参詣、朝晩の勤行など基本を忘れて人生を過して来ました。
 比較的、金銭的にも衣食住にも恵まれた環境の中、自分の力で己の人生は切り開く事が出来る。「世の中"カネ"があれば何でも出来る。」と自己中心的で楽観的で勝手な解釈で物事を推し量り、慢心の心で四月度の御聖訓の『観心の本尊抄』の中にある地獄、餓鬼、畜生、修羅の命の道を一心不乱に突き進んでおりました。
 ですが、祖母や母が積んでくれていた功徳の貯金を、湯水の如く散財しながら守られていた事を、今では大変感謝すると共に反省しております。
 三十才も過ぎた頃、母から「お前もそろそろO家の跡継ぎとして、正しい法の教えを法統相続していって欲しい。」と言われ自営業を営む自分の人生を振り返り、人に頼られると嫌だと言えず、俺に頼って来てくれたのだからと銀行から融資まで受けてそのまま貸してやり、泥棒に追銭の如く現金を差し出して安い正義感や満足感に浸っていましたが、やがてその知人も会社を倒産させて家屋敷も取られて身の破滅を招いてしまいました。
 その他、自身にも不利益な事や災難に遭ったりした結果、自分自身を見つめ直すきっかけを頂きました。
 自身への過信、行動力があっても、空回りして仏力法力以外の物でなければ解決出来ない物があると気づかされました。
 まずは朝晩の勤行を続けて実践して行くしか無いと思い続けて行く内に、色々な功徳を頂きながら、その半面、己の罪障や魔が出て来ました。
 そんな時も悩みを自分から相談した訳では無いのですが、母親がくれた的確なアドバイスで生活の軸をどこに持っていけば良いのか考えました。
 仕事、仕事の毎日で寺院への参詣もろくにせず体裁的にも家族の者が行ってるからいいだろうと、ここでもまた勝手な解釈をしている自分に気づかされました。
 自分自身、幸福な境界になるには大聖人様の教えを正しく学び理解し、さらには周りの人々にこの法の正しさ、すばらしさを伝えていく事だと痛感しました。
 今迄は仕事中心の生活から、信心根本を中心の軸とした仏のリズムで生活して行こうと決心し、御講日や各行事、菩提寺への参詣、御供養や身の供養を率先して仕事の手を止めてでもお寺に参詣できる時間を作るように努めました。
 すると不思議な事に店番せずともお客様から電話が入り「今、店に来ているがいつ頃戻りますか?」とか、当店のお客様から新規のお客様のご紹介、買い取りして欲しい等、様々な契約に繋がっていくようになり、お金のやりくり、生活の事ばかり心配していた頃よりも毎年この不景気の中、営業利益、売上げ共に右肩上がりに上昇し、回りの人からは店にろくにいないのに大丈夫?と聞かれますが御本尊様への絶対の信心があればどんな困難も乗り越えて行けると確信の元、様々な現象、功徳を形にして現わして頂きました。
 しかし周囲を見てみると、自分が困難な状況になった時も、同じ商売仲間や友人は救いの手を差し伸べてもらえず、打開策も見つからず、廃業したり夜逃げ状態の仲間もたくさんいました。
 中には連絡を貰って元気そうな会話の後、数日後、同業者の仲間から自殺したとの報告、何故、救う事が出来無かったのか、と言う後悔の念と末法の時代に於いて様々な困難に苦しむ人々の事を実感しました。
 又、ある日、納車する車両を運転中、圏央道に入り唱題が突然唱えたくなり、気が付けば唱題しながら運転していました。
 関越道に合流後、追い越し車線にいた私の車輌の前に十七メートル以上のトラックに行き場を塞がれ横にも逃げる訳にもいかず急停止しました。どうにか難を逃れた直後、怒りが込み上げました。しかしその後、後続に一〇〇キロメートル以上で追突されていたらとの恐怖に襲われました。
 その事を御住職様に報告すると諸天善神の御加護に依り守られたとの教授を受け、御本尊様への報恩感謝と共に何故生かしてもらえたのか、その時に唱題を唱えたのかと言う因縁を考えさせられた出来事でした。
 自分に何が出来るのか?何をすべきか?模索する中、御住職様より少年部長の重責を打診して頂いた際、幹事職、役員職などという物に無縁だと思っていた自分に更にお寺に接して献身的に奉仕しろとの事だと認識し、慎んでお受けさせて頂きました。
 益々、個々が一生懸命信心するだけでは無く自分の縁する大切な方々を救うべく、仏・法・僧の三宝が備わる寺院に参詣させて頂き、御住職様より大聖人様の正しい教え、先祖の追善供養の大切さ、真の成仏への道への教えを賜り苦悩や災難に迷う一切の衆生をこの信心を持って幸福な境界へ導く使いとして、日々精進する決意をし、土日の朝勤行へ参詣し、御書、勉強会への出席、水曜日、金曜日の唱題会など参詣させて頂き自らの信仰を深め、社会に貢献出来る人材へと成長出来る様、大聖人様の教えや時代(とき)の猊下様の御指導、御指南等の御命題を完遂すべく広宣流布の為、折伏に力を注いでいく所存です。
 今迄に何人かの折伏、入信に携わせて頂きました。此の度も自身で折伏させて頂いたA君の仕事関係の紹介でBさん、Cさんに会い仕事の面で携わらせて頂いて様々な困難、災いの壁に当たっていると実感し、折伏する決心をし、話しをする機会を頂きました。
 この法の正しさ、すばらしさを理解していただく為に「Bさんの仕事に対する姿勢、人に接する時の情熱、誠実さをもってしても、結果廻りの人々に利用されたり、現状に苦しむ状況を打ち破っていくには、この信心しか道は切り開いていけない」と話し、「是非、お寺に行って御住職様に会って見て欲しい、話して見て欲しい、御本尊様にお目通りして見て欲しい」とお願いしました。
 すると、Bさんは自分の話しに真剣に耳を傾け、とても真摯に受けとめて頂いた上、「実は知り合いのCさんも信仰を持っていて、私の事を御祈念してくれているいる」と聞きました。
 何の宗教をしているのか尋ねると、学会を二十年来信仰していると聞いた時、この折伏は自分にとって絶対御縁がある必ずこのお二人を正法へと導いていくんだと再度認識しました。
 話しをしてゆく中、「Aのものと、Cさんのものと、Oさんの南無妙法蓮華経との意味の違いがわからないと」言われました。
 私は、昔は南無阿弥陀仏と唱える真言宗などが一番邪宗の中で謗法だと言われていたが創価学会は一門が破門されるやいなや、自分達で勝手な御本尊を作って本物とニセ物をすり替え、学会員はマインドコントロールされ正常な判断能力はそこには無く、ニセ本尊の、命を奪う脱命魔の猛毒、開眼の無いニセ本尊に功徳は無い事、ガンやうつ病、子供の引きこもり等有害あって一利無し、身の破滅を招く大謗法な物でしかない」と訴えました。
 さらに、Cさんには「今回から拝むのはやめて欲しい、一緒に祈ってもらっている人も祈る方も命が汚れるだけだ」「一生涯お付き合いしたいと思う二人が幸せになって欲しいので」と伝えると、Bさんは「自分に今、何が足りないのか?何が必要なのか?お寺に是非行っていろんな物に触れてみたい、そしてその際には必ずCさんもお寺に連れて行きたい」と言われました。
 食事をしていたお店から自宅へ来て頂き、我が家の仏間を見て頂きました。
 また、経本を見て頂き正宗と学会の勤行に対する姿勢の違い、心構えの違いを話させて頂きました。「明日のお講日に是非参詣して法話を聞いて欲しい、疑問に思う事を質問して欲しい、必ず納得の行く答えを御住職様が導いて下さる。」と話しを終えBさんが帰路へ向かう時には夜中の一時三十分過ぎ、実に五時間以上話しをしていました。
 翌日、十二時頃Bさんから電話が鳴った時、一瞬、魔が入りお寺にはやっぱり行けないと言われるのかと思いましたが、「僕もCさんも正しいと思える物があればそれに従事していく。元来、Cさんに至っては大聖人様の教えが一番正しいと理解している。学会に執着している訳ではない。」と言ってくれました。
 結局その日の参詣は成就しませんでしたが、私はこの一度の折伏であきらめないと固く決心していましたので、翌日、葛西へ出向きBさんの会社へ逢いに行きました。
 満面の笑みで私を迎え入れて頂き、前日、二人に渡して欲しいと御住職様からお預かりした破折のパッフレットや妙彩を持参しました。
 それを見せながら話しをさせて頂いていた時、Bさんの携帯電話が鳴せ相手はCさんでした。偶然、引っ越しの業者が伝票のミスで待ち合わせの時間に来られなくなり、急遽三人での折伏のチャンスを待つ事が出来ました。
 そこでも三時間以上も話しをさせて頂き、Cさんに直接学会やニセ本尊の恐ろしさを伝えた所、納得してくれた様子でした。
 又、偶然が重なり、引っ越しの最中で、「ここに今、学会の本尊を持っている」と言うのです。
 私もニセ本尊だと言う事を確認して二人に「仏の教えには偶然は無く今日、三人が一緒になれた事、その他すべての事が必然なのだ」と話しました。
 すると二人は「道は決まった。」正しい道に進んでいかなければ、今の現状や苦悩は取り除いていく事は出来ないと悟ってくれ、翌日、お寺に参詣してくれると約束してくれました。
 そして学会の本尊を預かり、帰り道の中、御本尊様への感謝、二人の為に自分が携われたという歓喜に満ち溢れていました。
 翌日、慈本寺より電話が入り二人が参詣するにあたり、講頭が同席してくれるとの事でした。 待ち合わせた二人とお寺へ参詣し、御住職様と講頭さんと話しをし、念願のBさんの御授戒、Cさんの勧誡、そして御本尊様御下附をして頂く事が出来ました。
 その足で御住職様と講頭さんのご尽力で二人の新居にて御本尊様送りが無事執り行われ、皆で喜びに浸りました。
 そしてこのたびの支部総登山への参詣、大御本尊様へのお目通りへの約束を頂きました。
 二人の信心への真っ直ぐな姿勢が、帰りの車中でも話題になり、必ず慈本寺の講中を盛り上げてくれる人材だと、御住職様、講頭さんも大変喜んでくれました。
 私自身もそうでしたが、回りにいる親、兄弟、親戚や友人、仕事関係の方々にも大切な方々が個々に必ずいると思います。
 日々折伏に挑戦し、「一人の退転者も出してはならない」と言う猊下様の御慈悲のお言葉を胸に刻み、折伏、入信、そして同志として正しい教えを学び共に自らの信仰を磨いて行こうと思います。
 広布への前進、平成二十七年第二祖日興上人御生誕七百七十年への佳節、法華講員五十%増の御命題に向けて、折伏弘教の実践に尚一層の精進、菩提寺慈本寺が各末寺の広宣流布へのモデルになるべくお寺になれる様、僧俗一致、講中の異体同心にて支部誓願目標の完遂に励んでいく事をここにお誓いし、私の体験発表とさせて頂きます。
 御清聴有難うございました。

 TOP